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経営の岐路(3)

投稿日: 2008年8月25日

経営の岐路(3)

1967年11月2日から年末までに7回のヒアリングと先生から投げかけられた問題に対する

解決案を答えていく演習があった。1968年の年が明けた1月からは毎週1回、先生を囲んで会
社の再建に取組む演習を行った。社長、専務、経理部長、製造部長(母)の4名。いつも2時間、
問題点の洗い出しとその解決方法について討論した。毎回、先生の要求する経営資料、数値を用意
し、それに基づいて演習は行われた。

演習のスケールが大きすぎ父はついて行けない。父は問屋、百貨店、鉄道弘済会、パチンコルート、
珍味屋ルートの個々について問題を解こうとするが、先生は販売、つまり製造された製品の流通か
ら、消費の方法、あり方、すべてについて従来の考え方や視点がこれから劇的に変化していくこと
を平易に説明して、なんとか社長である父の志やメンツを守りながら、現下の経営危機から会社を
どう救済するかを論じようとした。

ダイエーの中内功から再建を私に頼まれるほどの人物だ、それほど信用があるのだ、と父を持ち上
げ、父の自尊心をくすぐりながら父の持論を封じつつ、オリムピア製菓が経験してきた下請け技術
を生かすようにしてはどうか、とオリムピア製菓の整理後、父がどう生きていくかという方向性を
提示した。戦前の帝国陸軍・海軍省へのビタミン食、戦後の明治製菓、森永製菓、不二家、モロゾ
フ製菓、保健産業、前田製菓等の下請けをした経験こそが貴重な目に見えない資産であり、信用で
あるのだ、と。

一方、私には日本チョコレート工業協同組合の組織と組合事業を今後の進路に生かすべきである、
と。これから日本の流通業界は劇的に変化する。ここで業種という観点から業態という観念を徹底
的に学んだ。百貨店とかスーパーという業態にとどまらず様々な業態が、チェーンストア時代に入
りこれからの日本の流通業界は様変わりする。好むと好まざるとにかかわらず大量生産、大量販売
の時代に入る。とうてい中小企業のオリムピア製菓の生産能力ではついていけない。

これより先、1967年4月、日本チョコレート工業協同組合の意向で株式会社日本チョコレート
が設立された。当時、組合員は組合工場で製造するチョコレートを使用して仲良く経営をしてきた
がスーパーができて以来、組合員同志が泥沼の価格競争に巻きこまれ経営破綻するものがでてきた。
そこで販売を一本化してスーパー業界への販売窓口にしようという狙いがあった。組合員の中には
モロゾフ製菓、ゴンチャロフ製菓、コロンバン、メリーチョコレート、コスモポリタン製菓という
百貨店専門の会社と、オリムピア製菓のような全国的に知られていないような会社もあった。
組合員38社が1口100万円の出資に応じた。しかし船頭多くして船山に登る、の譬えのごとく
業績は上がっていなかった。総論賛成、各論反対、日本のむら社会そのものであった。メンバーが
持っているスーパーの口座を日本チョコレートに提供して協同販売をする計画が実行されない。要
するに日本チョコレートには販売する口座がないのである。売上が立たないのは当然である。日本
チョコレートの従業員は各社から出向してきた混成部隊であった。

オリムピア製菓が持っているダイエーの口座を生かす。営業はそのまま全員日本チョコレートにひ
きとってもらって、製造をいったん中止する。現在ある土地を売って借入金を全額返済する。多分
小さい工場が建つ位の資金が残るだろう。買い換えれば税金の減免措置も利用できる。そこで父は
手づくり高級チョコレートの専門工場をつくって再起を果たす。このような荒療治なくしては3年
を経ずオリムピア製菓は行き詰まる。書けばわずか数行であるが、父を納得させてこの結論に至る
までの道のりは厳しかった。

ここから綿密な実施計画の作成にうつる。まず、この計画を、つまりオリムピア製菓の生産能力で
は成長するダイエーに必要、十分な供給はおぼつかない。よって日本チョコレート工業協同組合が
設立した株式会社日本チョコレートに、オリムピア製菓の富永専務が出向する。営業社員は日本チ
ョコレートに全員雇用してもらう。組合員38社の生産能力とノウハウを結集してダイエーに尽く
す。このシナリオは緻密に作成した。ダイエーに拒否されないシナリオでなくてはならない。栗田
先生の強調する声がいまも聞こえる。

1968年10月9日は、ダイエーの中内社長と商品部の越智琢一部長に私がプレゼンテーション
をした日だ。オリムピア製菓は日本チョコレート工業協同組合の子会社と提携して向後ダイエーに
「よい品を、どんど安く」販売できるようあらゆる努力と知恵を提供していきます、と震えながら
話をした。私は内心忸怩たる思いがあった。実行日は来年の決算日、7月25日にしたいと具体的
な日程の話にまで及んだ。「よっしゃ、分かった」と社長が越智部長に向かって目配せをした。ダ
イエーの合意をとりつけたとき、嬉しいよりも何故か、涙がでそうになった。いま考えてみると、
事前に栗田先生からダイエーの社長に伝えられていたフシがある。

栗田先生は心から喜んでくださった。これからがもっと大変だから頑張りましょうと励まされ、こ
れまで以上に緻密な計画作業に移っていった。まず日本チョコレート工業協同組合の理事長、葛野
友太郎に納得してもらわなければならないこと。借入れている11行の銀行に土地が売れるまで
返済を待ってもらう交渉をすること、社員は全員解雇すること、これに要する資金を調達すること、
そして言うまでもなく全ては秘密裏に行わなければならないこと。どれをとっても簡単なことでは
なかった。

<つづく>

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