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経営の岐路(5)

投稿日: 2008年9月7日

経営の岐路(5)

紆余曲折はあったが申込みからほどなく稟議がおりた。4月1日からオリムピア製菓の売上は日本
チョコレートの経理に移され、日常業務は支障なく進められていた。辻専務も頻繁にオリムピア製
菓にきてわれわれが気づかなかった小さな問題点を次々指摘した。これを営業部社員も素直に受け
入れ順調に事態は筋書き通り運んでいた。

7月25日前後の資金繰りを慎重に予測して実際の金の動きを日別に作成してみた。菓子業界は   
返品があたりまえの業界である。もしオリムピア製菓は経営破綻をきたしているのではないかとの
風評がたてば、問屋は在庫をすべて返品し、その上問屋の得意先から全ての返品が戻ってくるまで
支払いを保留するという悪しき習慣がある。

そこで6月までの資金繰りが確定したところで500万円以上の売掛先には4月以来、日本チョコ
レートと提携して営業をしていることを伝え、7月25日をもってオリムピア製菓の債権債務を日
本チョコレートが引き継いで今まで通りの営業活動を続けることを説明した。戦前から取引をして
いた2代目社長の問屋一軒だけが信用してくれず自社の持っている在庫と、岡山、広島、博多の百
貨店にある在庫を清算するまで支払いを保留した。

同じように仕入れ先についても500万円以上の買掛金、未決済手形のあるところを父と一緒にま
わった。未決済手形についてはしばらく待ってほしい。ついてはジャンプする期間は1割の利息を
つけると条件を申しでた。ここでは仲良くしていた印刷業者がジャンプを承知しておきながら、7
月10日期日の手形を回してきた。800万円は父が私たちに隠していた個人の金で決済すること
ができた。父のへそくりのおかげで危ういところをまぬがれた。

7月25日、従業員を集めて本日限りで全員辞めてもらうことを知らせた。栗田先生の予想があた
った。怒号と泣き声で私はしばらく沈黙を守った。従業員の言いたいことをすべて受けとめた。興
奮はさめた。私はこのままではいずれ近い将来倒産する羽目になる。いったん休業したい。規定の
退職金と1ヶ月の予告手当を支払います。営業の人たちは日本チョコレートに雇用してもらいます。
製造部の人たちはいずれ父がオリムピア製菓を再開したときには力になってもらいたい。そのとき
までしばらく待っていてほしい、と言葉をつくして説明した。彼等が納得してくれることを必死で
祈った。承知した人は経理で退職の手続きをして、金をもらってください。2時間ほどで一人が立
ち上がると次々席を離れていった。

7月28日、朝、10時に三菱銀行のM支店長が前触れもなく工場にきた。この日私は三菱銀行を
父と訪問する予定であった。しかし先手をこされてしまった。工場はがらんとして異常であること
は誰の目にも明らかである。入口で立ったまま「先週お借りしたお金で会社を整理しました。ウソ
をついていました。申し訳ございません」と、必死で謝罪した。支店長は一瞬で事情を察した。応
接間に通して父を呼んだ。M支店長は思いもよらないことを言った。「中国では苦しいときには門
を売れといわれている。ここが潮時だったと思う」と、言って驚きもしない。ここに至った経緯を
説明すると「よくやった」とまで言われ、直近のバランスシートとPL(損益計算書)をもって午
後にでも銀行へ来るようにと言い残しそのまま帰って行った。

M支店長は土地を処分する方法にも三菱が関わる、現在の借入先(全部で7行あった。三菱銀行梅
田新道支店、第一銀行梅田支店、三井銀行梅田支店、住友銀行梅田新道支店<社債の窓口>、大和
銀行天六支店、大阪信用金庫松屋町支店、幸福相互銀行本店) の債務すべてを肩代わりする。信
じられないことであった。その後土地はトヨタ自動車、ほか候補者は次々現れては消えていった。
2年を経ず大阪工業新聞社に売却できた。(現在は大阪梅田リヴァーサイド、アワーズ[ours] のギ
ャラリーになっている)。当時の三菱銀行のM支店長はハラのすわった人物だった。20年後彼は三
菱系の会社社長になり辣腕をふるった。(バブル期の三菱銀行にはこのような気概ある行動のかけ
らもなくなった。詳細は後述するが三菱銀行の堕落のとっぱちりを受けることになる。)
社員の全員解雇という事態は、私は終生を通じてやってはいけないことだと思った。社員にはそれ
ぞれの事情がある。日本チョコレートに再雇用される人、オリムピアの残務処理をする人以外は、
その日をもって失業するのである。心が痛んだ。百貨店へ派遣していた社員たちはすぐ職を得た。
同じ百貨店で働けた。百貨店の売り子は慢性的な労働不足であった。この時代、失業保険をもらい
ながらじっくり次の職をさがすということはなかった。一般の産業界は労働不足に陥っていた。3
ヶ月以内に全員が就職できたことは幸いであった。

栗田先生との大いなる演習は終わった。先生から教わったことははかりしれない。現在進行中の流
通革命の波についての諸問題については言をまたない。経営は利益を出すことが目的であるが、そ
の利益を社会と従業員と株主に平等に還元しなければならない。しかしそれ以上に「自分」につい
て多くを学んだ。己の使命感、社会への貢献に対する心構え、哀れみ、慈しみといった弱者への配
慮。経営者には成功させるというあくなき信念と祈りが必要であると懇々と諭された。初めての海
外旅行で日本のチョコレート業界のチョコレートの品質が海外のそれと比較して大きな違いのある
ことを知った。なんの良心のいたみもなく蔓延している食品業界に「本物チョコレート」を浸透さ
せようと 意気込んで33歳の“ぼんぼん”は日本チョコレート工業協同組合の事業に飛びこんでい
った。   

<この項おわり>

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