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ダイエーの第1回アメリカ食品流通機構研修団(4)

投稿日: 2008年11月2日

ダイエーの第1回アメリカ食品流通機構研修団(4)

PIAを辞去したのは12時であった。盛りだくさんの研修旅行はこころの向かない行動を強いら
れる。午後はショッピングセンター見学組とウイルソン社とシアーズカルフォルニア店訪問の2班
に分けられる。私はウイルソン社を選び、バスに乗った。途中ハリウッドでクイックランチをとり
ウイルソン社へ急行した。

午後1時30分、ウイルソン社(Wilson Certified Foods, Inc.)に到着。われわれはウイルソンと
聞くとテニスのラケットが目に浮かぶ。この会社は全米に30の工場をもつハム、ソーセージ、畜
肉から多角化してスポーツ用品、バッグとあらゆる関連産業を手がけているコングロマリットであ
る。

本日、われわれの訪れたのは畜肉、ハム、ソーセージのロサンジェルス工場であった。工場長の
William Dunkin のウエルカムスピーチに続いて直ちに工場見学をした。その後、工場概要の説明、
質疑応答にはいった。この工場見学も私にとっては初めての体験でダイエーの研修視察団ならでは
のプログラムであった。

従業員・作業員200名。セールスマン100名。トータル300名。1週間あたりの出荷量はな
んと150万ポンド(680トン)である。工場出荷の半分はハムである、消費者向けの包装はさ
れないままのバルクで、スーパーマーケット、専門店、レストラン等へ出荷されている。そのまま
出荷することは、消費者が包装費を含まないのでそれだけ安いことを知っているということだ。
製品の保証期間はハムが2週間、ソーセージが3~4週間、ベーコンが1週間~1.5週間。返品
率は6パーセント。代金回収サイトは10日。原料は自社の堵殺場から直接入荷される。原料のス
トックは3日分。

僅か1時間の見学でもったいなかったが、そこから一路、全米小売業売上第一のシアーズのカルフ
ォルニア店へ向かった。周知の通りシアーズはカタログ販売で大成功をおさめた企業である。しか
しシアーズの店舗は完全なSSDDSシステムで大量仕入れ、大量販売の安売店で、カタログ販売の
気の遠くなるほどのSKU(在庫保管単位=stock keeping unit)やアイテムとはほど遠い売り場の
構成であった。このようなグレードの低い商品、同一規格、同一カラーのものが文字通り大量陳列
されている。これが売れるのであるからアメリカの購買傾向は日本人には理解できない。
コットン製品の大半はメード・イン・ジャパンであった。1工場の1ロットをすべて買い取り、シ
アーズブランドで販売している。電機製品にもシアーズブランドが溢れていた。デザインは二の次
で機能さえしっかりしていれば安い価格で勝負というところだ。それがどれほど売れるかは納品場
が雄弁に語っている。裏の納品場のプラットホームには20フィート、40フィートのトレーラー
が7台とまって納入作業をしていた。さすがは全米一である。そこには鉄道の引き込み線があり、
貨車数両があった。(日本では余り見られないがヨーロッパ(中小企業であっても)においても貨
車の引き込み線のあるメーカーは少なくない。運賃は絶対に安い。)
駆け足でダウンタウンにあるセーフウェイと、その真向かいにあるラルフ(Ralph)を見てまわっ
た。特にここで言及するほどの特徴はない。チョコレートに関するかぎりアメリカには私の心を奪
うようなものには出会ってない。戦争直後にアメリカのPXで販売されていたチョコレートにはト
リニダードと銘打ったフレーバードカカオの強烈なアロマのあるチョコレートがあった。しかし今
は大量生産、大量販売の時代でアメリカには見るべきものはない。職人魂が消えた国である。日本
も同じ道をたどる。美味しさよりも利益が優先だ。

8月10日(火)

午前4時、ロサンジェルスの中央市場を見学。シティマーケット(City Market)、タウンマーケッ
ト(Town Market)は野菜と果物が中心。
サンキストグロワーズを訪問。
10時よりセミナーが始まった。まず、マーチャンダイズ、マーチャンダイジングと広告について
スライドによって説明を受けた。サンキストのブランド名は今や世界中で知らない人はいない。
Sunkistのブランドを聞いただけで、人はレモンやオレンジの皮の上に押印されたサンキストのロ
ゴを思い浮かべる。これほどインパクトの強い宣伝はない。しかし生鮮食品を販売の末端まで管理
することは容易なことではない。品質管理がまずあって、PR、宣伝、広告が続く。マーチャンダイ
ジングの第一が品質管理である。品質に対する信頼が何にも代え難い財産である、と。

次にその歴史を学ぶ。

1890年   全米で収穫された新鮮な果実を仲買人に引き渡すためのターミナル・マーケット
で適正な買い取り価格を決める卸政策を策定した。

1893年 主要生産者の会議大綱が採択された。

1898年 販売事務所が出来た。

1901年~1942年 サクラメントのカルフォルニア・フルーツ・エクスチェンジが多く出現した。

1903年 1904年にかけてカルフォルニア・柑橘・ユニオンとカルフォルニア・フルー
ツ・エクスチェンジとの間に市場における協力と組織化の合意がなされた。

1908年 Sunkistのトレードマークを採用し、広告の商標に使用することを決定。

1912年 品質管理部門を独立させ、品質管理の基準を設定した。

1915年 実際に販売するエージェントを組織化して小売体制を確立した。

1916年 「オレンジを飲もう」(Drink an Orange)のキャンペーンを展開。オレンジ・
ジュースの市場を開拓。

1917年 マーマレード・カンパニーの設立。

第一次大戦 開戦以来、カルフォルニア・フルーツ・グロワーズ・エクスチェンジによる健康
キャンペーンをうつ。

1921年 柑橘類が健康に及ぼす研究を推進。

1924年 輸出開始。

1927年 サンキスト・プロビデント・プラン、サンキスト労働者の共済生活保証プラン。

1930年 海外市場の拡大。

1960年 サンキスト・リタイアメント・プラン、サンキスト労働者の退職金制度の確立。

日本とのグレープフルーツの自由化問題は1971年から行われたこともあって貿易部長の口調は滑
らかだった。オレンジの自由化の一日も早からんことを願っていた。コンクジュースの取扱量は全
体の25%をしめているので、日本の消費量の伸びを期待していると言う言葉でこの有益なセミナ
ーは終わった。セミナー終了後、日本食の弁当を食べ農場へ移動するためバスに乗りこんだ。

<つづく>

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