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ヨーロッパのマイスターを訪ねる旅行 (8)

投稿日: 2010年4月1日

ヨーロッパのマイスターを訪ねる旅行 (8)

1987年5月28日(木)

7:00  朝食

8:00  ホテル出発

13:00  ミラノ着 ホテルパレス 市内視察

18:00       井上優 講座⑤

19:30  夕食                    

現在のミラノはもはや60年代のマチの面影はあっても雰囲気はない。もともとミラネーゼ(ミラノ人)は、ロマノ(ローマ人)はイタリア人ではないと見下した発言をする。その逆も同じである。70年代のミラノにはまだわれわれがマーケットサーベイを行うに価した最後の時代であった。食の中心はバールである。イタリアのどんな小さなマチにいっても暖かいもてなしをするバールがある。そこにはなじみ客が常連としていつもたむろしている。われわれはその仲間として迎え入れられれば即座に友人となって評判のミセをたちどころに教えてもらえる。「よい店が、よいマチを育てる」と井上優はいう。よい店を育てるのはよい客である。

よい店とはどんな店なのか。1965年に当時の日本チョコレート工業協同組合の重鎮であった「コロンバン」の先代社長、門倉国輝の紹介でそんな店を訪れたことは前に書いた(2008/07/06)。店の名前はサンタンブロージュ(St’Ambroeuge)。1965年頃は店の地階で製造していたがキャンディの包装は手包装であった。いま店の名前は変わってしまった。店の構えやインテリアは同じである。変わったのは経営者と客である。客はスノビッシュなミラネーゼと一見のツーリストである。イタリアのバール独特の喧噪と暖かみがない。以前は常連客ばかりで、しかもビキューナコートを着た紳士やミンクコートの婦人たちが、たあいもない会話を楽しんでいた。エスプレッソをいれる職人はその日の客の顔色を見てコーヒーの濃さをかえるほど客のカラダの調子まで知っていた。RF-1の社長、岩田弘三が元町でレストランフックのオーナーシェフであったころ、客の顔色を見て塩加減をかえると言っていたことを思いだした。

ローマのブヴェッテ(La Buvette)はJALのローマ食べ歩きの地図を片手にジーンズ姿で日本人がミセから無視されていることは前に書いた。本来的にはこんな態度をとるミセが

「よい店」か、と思われるが、傍若無人に振る舞うジーパン姿の日本人が大挙して押しよせるのもどうかと思う。ミセにも客を選ぶ権利があることは京都の旅館や料亭が一見お断りと古くから公言していたではないか。本題にもどってミラノのコヴァCova)には、もうよき時代のミセの暖かみはない。マーケティングという手法によってミセの多店舗化は急速に広まった。これも以前に書いたが1965年に私がウイーンを訪れた時のデーメル(Demel)では1店舗主義を誇らしげに宣言していたが、30年経つとデーメルも原宿に出店してきた。

有名ブランドは全く血縁のない人たちの間で売買される。ノイハウス、然り、ゴディバ、然り。これらのブランド商品は多く売れれば売れるほど外注に出される。1980年代まではショコラティエに製造委託されていた。ショコラティエでは生産数量があがらない。機械化されたチョコレート専門業者に外注されるようになった。味も品質も落ちる。しかし普通の消費者にはわからない。日本の消費者は綺麗になった仕上げに満足する。指紋がついていないと喜んでいる。

マーケティングとはいったい何なのか。ミラノのグルメショップはペック(Peck)である。ここも日本へ上陸した。ローマのフランキ(Franchi)はまだのようである。日本の食べ物屋であれば、百貨店に出店しているかいないかが、ほんものかどうかの判断基準になっている。これからは、海外のブランドものは日本に進出しているかどうかでそのブランドのよしあしが問われるようになる時代に入っているのではないだろうか。

おりしもトヨタが世界的なリコールを余儀なくされたのも大量生産の裏に潜む危険性が証明された一つの例ではないだろうか。食品についてもいたずらに発売から250億個以上販売したと喧伝している日本のカップラーメン業者には限りない「危うさ」を感じる。中国毒入り餃子についても安易に海外委託する日本の食品業者に問題があるのではないか。安全・安心をお題目のように唱え中国産の食品を閉めだした日本の百貨店、スーパーには自分さえよければそれで良いという、「株式会社日本」のムラ意識をおぼえてならない。中国や東南アジア諸国で販売されている大手製菓会社の菓子は、日本で販売されている菓子と同一ではない。コカコーラが進出先の国々の味にあわせた味にしているから、われわれも同じ考えだとうそぶく。食品はまず美味しくなければならない。その国にあわせた味がおそろしく不味いのだ。だから日本人はアジアで嫌われるというのは私の偏見か。多国籍企業のエゴについてわれわれは深く考え直さなくてはいけないと思う。

日本に進出した海外有名食品ブランドはその多くが多国籍企業である。ケーキやパン、あるいはデリカテッセンなどは本国から輸入されているものは冷凍品を除き、日本のメーカーで製造されている。なかには日本の製品が本国のものより上等であるというおかしな現象もあるが、もともとその商品は本国でも美味しくないものである。ブランドと味は必ずしも一致するものではない。

デーメルのウインナコーヒーはウイーンのデーメルで飲んではじめて美味いと感じる。ザッヒャトルテも同じである。ウイーンの湿度と冷気(6月でも寒い)の環境で美味しいのである。日本に持ち帰って食してみると甘いだけで美味くない。このことは多くの日本人が感じている。私の専門分野のチョコレートにおいても、スイス、フランス、ドイツ、イギリス、スペインと次々にチョコレートメーカーを買収して同じブランド名で販売しているが、ベルギーのものは美味いが同じ製品番号であっても味は変っている。マーケティングは販売金額を極限にすることであり、味に関して何ら規定しない。それを補完するのはブランド力である。

ネッスルが南アフリカに進出したとき、ネッスルが現地のめぼしい菓子メーカーを買収して、それまで存在していたブランドが一日にして消されてしまった話をパティ・ヌネェツから聞いたとき私は愕然としてしまった。その余りのショックをみたパティ・ヌネェツ(Pati Nuñez)は企業買収とは自分たちが市場を独占するためにするものよ、あなたは知らなかったの?と、怪訝な顔をされた。現在、私のパートナーであるベルギーのチョコレートメーカーは、南アフリカが上得意のお客さんの一つである。ここにもマーケティングとは何かを考える手がかりがある。

フェアートレードスローフード、オーガニック商品なども結局はマーケティングの対象となり本来の目指すべき運動から次々乖離していった。私たちが井上優とライフスタイルマーチャンダイジングを勉強して行き着いた先は茫漠として、荒涼とした目指すべき指標もないところであった。

ミラノに到着してそのころ評判であったミセを見学して夕方にホテルパラスに戻った。1965年に泊まったホテルで当時、ミラノで名高いホテルの一つであった。18時から井上優の講座⑤が待っていた。

<つづく>

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