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ヨーロッパのマイスターを訪ねる旅行 (9)

投稿日: 2010年4月12日

ヨーロッパのマイスターを訪ねる旅行 (9)

井上優の講座⑤

I.  「老 舗」

(1)永く続いた 店舗

(2)永く続いた 商品

(3)永く続いた 顧客

II.           「ファクトリーショップ」(1)見せるひと (2)見せるわざ

III.「商品のコスト」

(1) 50%からの出発

IV.「商品化」

(1)  テイスティング

(2)  スタイリング

(3)  ネーミング

(4)  パッケージング

(5)  プライシング

課題①   ヨーロッパの商品を どう見るか

課題②   自分の売る商品を  どう見るか

ヨーロッパの老舗はたかだか200年前後の歴史しかない。しかも子々孫々、家業を引き継いでいる老舗など極めてまれな存在である。文字技のデーメル(Demel)にしても血統のつながった経営者ではない。1786年創業と言っても1995年には海外店第1号として原宿に出店したときは創業時代の食品店としての哲学を持っていた人から代がわりしていた。何回もここに書いたが1965年に筆者が訪ねたとき「うちはこのミセに来てくれる人をお得意先と呼ぶので、パリに出店しているようなゴディバと一緒にしないで!」といった後継者たちは、いまはいない。1884年創業のボナー(Chocolatier Bonnat)も先年日本に進出した。1年もしないうちに東京都港区の広尾の猥雑な場所にあったミセは突然オーナーが変わりその後あえなく閉店。1857年創業のノイハウス(Neuhaus)と私は契約をした。そのとき契約したのはベルギーの古い精糖会社のティーネンシュガーであったが、それをまもなくアントワープのユダヤ人が買い取った。私からチサン、チサンから醤油メーカーの子会社へと、日本の事業主は転々と変わり、ノイハウスはいったん日本から撤退した。しかしまた日本へ再上陸。何と今度はデーメルと組んだ上野の菓子屋が契約した。丸の内に出店したカカオサンパカも王室御用達と印字されている。1999年にゼロから立ちあげたブランドではないか。ブランドで金儲けをする時代に入って菓子を愛する人かちがコミットできなくなった。

日本の老舗と言えば虎屋であろう。創業は1520年である。それも黒川家が代々引き継いで490年連綿と続いている。福砂屋は1624年である。こちらも殿村家が386年継承して現在に至っている。私のお気に入りは半田市の松華堂である。ここは自分が何代目であるとか、どこそこのお殿様の御用達であったとか一切いわない。極めて奥ゆかしいのである。京都にもそのような菓子屋は多くある。美味しいものはそれだけで十分である。所詮、過去の栄光だけでは客はついてこない。いまが全てである。本当に美味しいところは仲のよい友にも教えたくないものである。

菓子は甘くて当然である。にもかかわらず近年の菓子は気味悪いほど甘くない。そんな菓子はもはや菓子ではない。イタリアに仲の良いイタリア人の友がいる。虎屋の羊羹ばかり食べさせているので、虎屋でない菓子屋の羊羹を食って、もらった人の面前で「これは羊羹ではありません」と、いってあげた人のメンツをつぶした。カステラも人気ではナンバーワンの東京名店のカステラも同じく「これはカステラではありません」と、いった。チョコレートも同じで甘くないチョコレートは私には美味しくない。チョコレート好きを自認している人でも職業としている私ほど毎日チョコレートを食べていないと思う。毎日、20グラムずつ1年間でよいから毎日、食べ続けると甘くないチョコレートは美味しくないことが分かると思う。

日本の老舗には永く続いた商品がある。そして永く続いた顧客がいる。和菓子は茶の湯をとおして親子代々、ひいきの菓子屋が受け継がれていく。松華堂の大将が、茶会があるからといって自らが生菓子を半田市から名古屋まで配達にいく。このような永いお客の伝承がチョコレートにはない。残念なことである。かのデーメルでさえいまは決まった昔なじみはいないと思われる。有名であればあるほどツーリストに多くの席が奪われていく。

テイスティングにしてもチューリッヒのシュプルングリでは気前よく1個まるごと客が満足するまで、ときには10個でも食べさせてくれたものであった。しかしこの気前よさもいまは昔になったようである。日本ではO157が流行ったころ百貨店では試食を禁止してしまった。近年、試食が復活してきたが1個まるごと食べさせてくれるチョコレートショップはまれである。小指の先ほどのチョコレートではテイスティングにはならない。

すっかり世の中は変わってしまった。新しい時代にふさわしい食品のあり方を業界が真剣に考えるときにきている。グローバル基準だ、グローバル商品だと騒ぐ前に真に美味しいチョコレートは何かを考えることである。日本でチョコレートを専業にする小売店は利益を出すのに苦労する。本当にチョコレートを安心して販売できるのは11月から3月までの5ヶ月しかない。4月から10月まで休店できるような小売店は存在しない。因果な商売である。

<つづく>

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