月守 晋

食の大正、昭和史

食の大正・昭和史 第九回

2008年11月26日

食の大正・昭和史—志津さんのくらし80年— 第九回

月守 晋

この原稿を書いている神奈川県の地方都市では、いまでも週に何回か独特のラッパの音色を響かせて豆腐屋が回っている。豆腐屋がラッパを吹きはじめたのは明治37?38年の日露戦争以後のことで、ロシア帝国(当時)との戦争に勝って戦勝気分で吹きだしたんだ、と秋山安三郎『下町今昔』に書いてある。

秋山安三郎は明治19年東京浅草の生まれ、記者生活50年で劇評・随筆で活躍した(昭和50年死去)。

東京の下町では真夏の夕方、陽が沈んで暗くなり始めたころ「まめやぁ枝豆」とゆでた枝豆をザルに入れて呼び歩く枝豆売りの小母さんが来たという。

志津さんの子どものころの神戸でも家の前の通りや裏路地を、さまざまな行商人がそれぞれに独特の売り声を上げて回ってきた。

金魚売り、風鈴売り、風船売り、花売り、豆腐屋、竹竿売り、それに魚屋。

朝早く町屋を回ってくる行商人に「いわし売り」がいた。まだ生きていて、ざるの中でぴんぴん跳ねているいわしを「小母さーん」と追っかけて買ってくる。ざる1杯が2銭から5銭くらい。すぐに腸わたをとってうろこをよく洗い落とし、頭はついたままのを醤油とみりん、お酒でさっと煮つける。これが朝食のお菜になる。

“神戸っ子”の歴史学者直木孝次郎(なおきこうじろう)氏も「神戸でうまいものは牛肉だけではない。瀬戸内海の生きのよい魚がある。・・・・・・季節によっては「大鰯(いわし)のとれとれー」という呼び声が巷に流れていた」と書いている(『伝承写真館 日本の食文化?近畿』農文協編/P.P 170?171)

■ 豊かな瀬戸内海の魚類

兵庫県は唯一、県域の南北が海に接し海産物に恵まれている。日本海と瀬戸内海ではとれる魚類が違い、それだけ多くの種類の魚介類を県民は楽しめることになる。

神戸市では明治40(1907)年に魚介類卸売市場として兵庫南浜魚市場が開業したのにつづき駒ヶ林魚類定市場(林田区)が42年に、大正元年に脇浜魚市場(葺合区)、同6年に神戸魚市場(湊東区)、同8年に湊川海産物問屋(湊東区)、そして11年に宮前魚市場(兵庫区)が設立されている。

いっぽう、市民が日常生活に必要な品々を安定して安い価格で手に入れられる市場が人口の増加や生活の近代化・多様化にともなって必要になってくる。

神戸市に米、肉類、魚類、乾物、野菜、果物、味噌、醤油、漬物、砂糖などの食料品や雑貨、薪炭、文房具など日用の生活品までを小売する公設市場が市会決議をへて開設されたのは大正7年11月開設の東部公設市場(旭通)と中央公設市場(湊川公園内)が初めてである。

その後大正15年までに芦原(8年兵庫区)、熊内(9年葺合区)、三宮・宇治川(9年神戸区)、長田(11年林田区)、西須磨・東須磨(12年須磨区)、西代(13年須磨区)、中山手(15年神戸区)が開設され、昭和10年の灘区・灘公設市場の開設で終わっている。

公設市場では江戸期以来の“盆・暮れの年2度払い”とは違い現金即払いだから、毎日この市場を利用するとなると計画的に買物をしなくてはならない。売るほうも毎日の仕入れ量を予測を立てて計画的に行うようになる。公設市場は日給にしろ月給取りにしろ、賃金労働者が大部分の都市生活者に新しい近代的な生活者意識をうえつけていった。

公設市場の成功は私設小売市場の普及と発達という好影響ももたらした。現在でも大中小都市に“○○銀座”とか“XXアーケード街”とか地域の中心になっている小売商店街が残っているけれど、神戸には昭和6年3月現在で12の公設市場と75の私設小売市場ができて市民の消費生活を支えていたという(『神戸市史?/第三次産業』)。

さて、話をもどそう。

志津さんが子どものころ、瀬戸内海沿岸でとれた魚貝類は次のようなものだった。

いわし めばる
べら あなご
さわら いかなご
かれい たちうお
あじ たこ
かに えび
大貝 まて貝
いたぼがき 青のり
(以上『日本の食文化?』)

『神戸市史』には上に掲げたほかに、神戸市域の漁(明治期)として次の各種が記されている。

はも このしろ こち
くろだい はぜ さっぽ
どろめん いな すずき
あぶらめ せと貝 わかめ

直木教授のエッセイにはくじらを食べたことも書かれている。引用しておこう。

「神戸ではくじらもよく食べた。<中略>冬場、その赤肉をかたまりで買ってきて小口から小さく切り、水菜といっしょにたくのである」(前掲書「食は神戸にあり」p.170)。

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