2010年12月08日
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『チョコレート人間劇場』 49「ホットチョコレートは好きだけれど、ふと気がつくと長いあいだ飲んでいない、ということがよくあります」 酒井順子という名前から『負け犬の遠吠え』という流行語にもなった本のタイトルを思い出す人が大勢いるのではないでしょうか。 ニュースショウのコメンテイターとして出演しているご本人をよく見たことがあると私は思うのですが。 このエッセイ集のタイトルになっている“甘能”という言葉はたぶん酒井さんの造語でしょう。 同じ音で「官能」という言葉がありますが「生物が生存の必要から具有する生理上のはたらき。 五官の作用の類(『詳解漢和大字典』」のことで「五官」が「視覚・聴覚・臭覚・味覚・触覚」を指すことはご存知のとおりです。 このエッセイ集が春夏秋冬それぞれの季節に食べたくなる計34種類の甘味類(甘いもの)を取り上げたものだということがわかれば「甘能」という言葉の意味もおわかりでしょう。 話題になっている洋菓子、和菓子には酒井さんの推奨する店の名前や住所、電話番号まで文末に紹介されていますから「ぜひわが甘能を満足させたい」と思われたかたには親切な編集といえるでしょう。 筆者がこころ魅(ひ)きつけられたのは春と夏の部の間にはさまっている「甘能紀行 上海」の文章(夏の部の後に「甘能紀行 バンコク」、秋の部の後に「甘能紀行 京都」が収載されている)。 「上海」の紀行文で酒井さんは上海の街を歩いていて「あ」と思ったのは「賑やかな街であればどこでも売っている、糖葫芦(タンフールー)です」と書いています。 「タンフールー」はサンザシの赤い実を1串に10個ほども刺して甘ずっぱい飴(あめ)をかけたもので、それを何十本も刺したわらづとをかついで行商をして歩くのです。 つやつやと光っていて、いかにもおいしそうに見えるのです。 むかし「満州」で子ども時代をすごしたという老人たちは「母親がどうしても買ってくれなかったもの」の1つとして記憶しているのではないでしょうか。 酒井さんはこの「タンフールー」が香港映画「覇王別姫」の中で重要なエピソードの小道具として使われていたことを語っています。 酒井さんご紹介の34種の中には筆者も口にした記憶のあるものもありますし、同じ店で別のものを注文したという残念な(?)お菓子もあります。 さて冒頭に引いたのは冬の部の3番目、全体では28番に相当する銀座の店のもの。 1杯のホットチョコレートにも様ざまな思い、記憶がからむものだということを教えてくれます。 |
チョコレート人間劇場