2009年06月10日
|
16. 「子供の頃、一番豪華なお八つは、動物チョコレートだった。」 ——- 「お取替え」 向田邦子 「寺内貫太郎一家」「七人の孫」「阿修羅のごとく」など高い視聴率を誇る人気テレビドラマの脚本家であった向田邦子は優れたエッセイストでもあり、短編小説の名手でもありました。 週刊文春に連載されたエッセイ「無名仮名人名簿」は、毎週、楽しみに待つという読者の多かった名エッセイでした。 掲出したのはそのうちの1編「お取替え」の中のもので、近所の洋装店で出会った“お取替え事件”の後につづきます。 洋装店での話は月曜日のことで、買物籠片手の中年主婦が土曜日に買って行ったワンピースを別のドレスと強引に取替えて行く。店の主人は「計画的犯行だもんね。たち、悪いよ」と嘆きます。事情がのみ込めずにいると主人が謎ときをしてみせます。つまり、「土曜の夕方、翌日曜に着てゆく外出用のドレスを買う。1回だけ着て月曜日にはそれをちょいちょい着と取替える」のだと。「4月はクラス会だ、子供のピアノだって出る用が多いんだよ」と。 自身では“取替え作戦”を実行したことのない向田は考えます。いったん自分のものにしたものを取替えることに罪悪感を感じるのは、子供の頃の家の教育に原因しているらしいと思い到ります。 来客からいただき物の豪華な動物チョコレートは大きな箱に入っていて、これをいただくと父親は子供たちの前に箱を置き、長男の弟、長女の邦子と順番にひとつずつ取らせます。一番大きなゾウにするか、それとも犬、ウサギにするか、子供たちは迷います。欲張って一番大きなゾウに手を出すと、これが中ががらんどうでがっかりしなくてはならない。こんなとき、子供がどんなに泣いても父親は取替えを認めてくれません。「お前はいま、摑んだじゃないか。文句を言うんなら自分の手に言え」 向田邦子は1980年、初の短編小説「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」で第83回直木賞を受賞します。受賞発表の記者会見で、選考委員の山口瞳が「何十年も書いている私なんかよりよっぽど上手いんだからイヤになっちゃう」とボヤき、さらなる話題になりました。 小説家として活躍していくはずだった向田邦子は81年8月22日、台湾の台北発高尾行き遼東航空103便の墜落事故で亡くなります。83年4月に創刊された“フォト・マガジン”「シャッター」には凄惨な彼女の遺体写真が掲載され、論議を呼びました。現在なら“死者のプライバシーと尊厳”を尊重すべきだ、と指弾されるはずです。 《参考》 『無名仮名人名簿』 向田邦子/文春文庫 |
チョコレート人間劇場