月守 晋

ミステリーの町々

ミステリーの町々 ⑧マルセイユ

地中海に面したフランス第二の都市マルセイユは、港の町である。港は新旧二つあって、観光客が足を向けるのは、もっぱら帆船時代以来の旧港の方だ。
地中海からの港の入り口には、港に向かって右手が公園、左手がサンジャン要塞、その間を抜けると、細長い蟇口(がまぐち)のような港。右手奥が露天の魚市場で、まわりには美味いブイヤベースを食べさせるレストランや魚介類専門の料理店、小店、屋台が並んでいる。

水野トシオはこの港町マルセイユの大学医学部付属のティモーヌ病院で、内勤医(アンテルヌ)として研究と治療にあたっている精神科医だ。年齢は三十歳。同じ精神科教室所属の研究員で、夜ごと東洋人の赤ん坊を生んだ夢を見る、シモーヌという女性との付き合いがある。

事件の発端は、基礎研究棟の解剖実習室だった。守衛の一人が、解剖のすんだ遺体を納めるブドウ酒樽様の容器の中に、土色や暗赤色の古い肉片や臓器にまじって、新鮮な白い人体の一部がかくされているのを発見したのだ。

病院は大騒ぎになったが、その日は朝から水野も多忙だった。相当のメニャン老嬢の病状が急変して、とうとう夜には内科救急室へ送らねばならなかったし、ヘロイン中毒患者のペランというヤクザを、病院から叩き出さなくてはならなかった。

水野がフィットネスのために続けているエクササイズは剣道で、マルセイユの剣道クラブで週二回、月曜と金曜に教えている。道場は警察の厚生施設だ。その倉庫のような建物は、サン・シャルル駅のガードをくぐって、ゆるい坂道のナショナル通りを一、二分登ったところにある。

駅も高台にあるから、市内を眺めわたすには都合がいい。ほぼ正面に見えるのが、〈ノートルダム・ド・ラ・ガルド〉の聖堂で、駅の左手の階段を下り、アテネ通りを左へ5分歩くと、メインストリートのラ・カヌピエール通りに突きあたる。そこで右に折れると旧港まで一本道で、イフ島への観光船の船着場だ。
イフ島はデュマの伝奇ロマン「モンテ・クリスト伯」の城のある島だ。「エドモン・ダンテス」なんて、主人公の青年の名をそのままつけた観光船などが、大勢の客を腹に詰めこんで運んでいる。
政治犯を収容する牢獄としても使われたイフ城からの眺めはすばらしい。マルセイユの市街や大聖堂が、手が届くほどの近さに見える。
もっとも、運が悪いと地中海名物の乾いた猛烈な風、〈ミストラル〉に見舞われる。この山から海へ吹き降ろす北風がパリ-マルセイユ間の特急列車の名前にもなっている。
さて、水野が剣道を指導しているヴァリチォーニ警部の情報で、解剖室の死体はどうやらジョゼット・ブリオンという女性だとわかった。この女性は水野の勤める精神科の、ルー助教授の患者で、もう数年も前に退院したことになっていた。

マルセイユから海岸沿いの道路を車で30キロほど東に走ると、小さな、静かな入江があり、「丘を這い上がるように」入江の奥に町がある。カシスの町だ。
シモーヌとこの入江のホテルに投宿した水野は、ホテルの食堂で妙な人物の姿を認めた。彼が病院から放逐したペランだ。
翌朝、水野とシモーヌは高カシスの伯父の屋敷を訪問し、伯父の死に遭遇する。遺体は腎臓を取り出すために、ティモーヌ病院に運ばれた。献体されていたのだ。
病院から帰ってきたその伯父の死体には、妙なことに開頭術を施した跡があった。そして次の朝、ペランの死体が浜に上がった。

シモーヌに呼びもどされて、シュヴァリエ家を再度訪問した水野は、叔母のシュヴァリエ夫人が麻薬中毒の禁断症状を見せていることを知る。家政婦の口からもれた夫人に対するヘロインの売人の名は、ぺラン。
事件はやがて、戦慄すべき展開を見せる。
マルセイユの大学病院を舞台にしたこの『カシスの舞い』は帚木蓬生(ははきぎほうせい)の三作目のミステリー・ロマンだ。
最初の作品『白い夏の墓標』は、細菌兵器開発にまつわるミステリー、二作目の『十二年目の映像』は、七十年安保とテレビ界の生態をからませた話題作だった。
作者自身が精神科医で、仏文を出てテレビ界に入りその後、医学に転向したという経歴の持ち主である。
翻訳者の高見浩氏が「一種清冽なロマンティズム」を感じると評しているが、知的で静謐な作風は、大変好もしい。

『カシスの舞い』には、マルセイユやカシスの空気の乾きぐあいまでが、描きとられている。(帚木作品は新潮文庫に収録)

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