月守 晋

ミステリーの町々

ミステリーの町々 ⑤オンタリオ湖畔

オーストラリアの地図を広げてみるとわかるけれど、緑の薄皮の真ん中を、広大な砂漠がおおっている。アウトバックと呼ばれる地域だ。そのアウトバックに近い、ニューサウス・ウェールズ州最西端の小さな町キャリーへ向かって赤い闇のような砂嵐の中を、1人の男が歩いていた。
男はバックブッシュの木陰で、ビリー缶で湯を沸かしていた、渡り牧童のスミスじいさんにいき会って、「1千万クィッドもらったって“なまずが池”なんかで野宿なんかするな」、と忠告を受けた。「絞殺魔が捕まるまでは敬遠することだな」と。

ジョー・フィッシャーと名乗ったその男は、フレッドのセクション(小農場)で肉を分けてもらうと、それでも、池の川上側の砂洲で野宿をはじめた。夜食は羊肉をあぶったのと、ダンパー(小麦粉をねったものを熱灰で蒸し焼きにしたブッシュマンのパン)、それに砂糖をたっぷり入れた熱い紅茶だ。
鉛色の空がさらに低くたれこめてきて、すさまじい重量を持つ物資に変わり、下界のものを押しつぶそうとしているかのような夜のとばりが降りると、彼は毛布を丸めていかにも人間が寝ているようなかっこうを作り、自分は火明かりのとどかない木の下に移り、幹に寄りかかった。
マーティンとステラのボラデル兄弟が経営しているウイラガッタ牧場に、翌朝姿をあらわしたジョーは、マーティンとリー巡査のまえで本名を名乗った。ナポレオン・ボナバルド、なんとマーティンが1ヶ月も心待ちに待っていたブリスベーン(太平洋側にあるクィーンズランド州の州都)からの警部だったのだ。おまけに彼は、ハーフカースト、2ぶんの1つまり、白人とアボリジニの混血なのだ。
じつはウイラガッタの周辺には、風の吹く日になると、絞殺魔が出没するのだ。第一の犠牲者はアリスというハーフカーストの美しい娘で、2年前の砂嵐の日だった。娘の部族のひとたちは、捜査にあたったシモン刑事を森の悪魔いじょうに恐れて、二日とたたないうちにこそこそいなくなって、二度ともどってこなかった。二人めはフランクというブリキ屋の青年で、やはり嵐の夜、夜営しているところを襲われた。それが去年の3月、1年と8か月前のことだ。
ボナパルト警部、通称ポニーには中間人種(ミッドレース)としての誇りがある。彼には父親から受け継いだ頭にくわえて、母親から受け継いだ天分がある。
母親から受け継いだ天分とは、“ブッシュの書物”を読み取る能力だ。その書物には人間、動物、鳥、虫それぞれのエッセイが書いてある。
オーストラリアの観光ガイド・ブックなどには、よく「アウトバック・スーパー・サファリ」などという10日間くらいから、ながいのになると1ヶ月以上にもなる内陸部への、冒険の旅がある。そんな旅に最も必要なのは、たぶんこの自然のもろもろを読み取る能力なのに違いない。
ともあれポニー警部は、身分を隠してこの能力をフルに使って、絞殺魔の捜査にのりだす。絞殺魔には変な恰好があって、犯行を犯すのはきまって激しい風の日で、被害者の頭上の木の枝から首筋めがけて降ってくるのだ。
身分をうまく隠したつもりでも、ポニーの身元はステラにはばれてしまう。兄のマーティン同様、アデレイドの女学校を出て、ちょっとした教養もあるステラには、兄の言葉のはしばしをつないで推理して、ある結論を導き出すくらいの力がそなわっている、というわけだね。

オーストラリア政府観光局の資料によると、アデレイドはワインとフェスティバルの都なんだそう。多くの庭園や公園に囲まれたこの町には、植民地時代のたたずまいも残っているし、偶数年には、世界の芸術家を招いて芸術祭が開かれる。まあ、南オーストラリアの文化の一中心地というわけだ。
捜査の方は、ウイラガッタ牧場には料理人の”腰抜けジャック“だの”靴直しビル“、”ディンゴ狩りスミス”だのという一癖も二癖もある犯人候補?がいるんだけれど、もう一つの確証がつかめない。そこでポニーは、罠をしかけることにした。砂嵐の夜に、囮を夜中の2時に歩かせて、襲ってきたところをとってかまえようというのだ。

さて、「ポニーと風の絞殺魔(アーサー・アップフィールド/越智道雄/ハヤカワ)」はこのあと意外な結末をむかえるのだけれど、オーストラリアという独特の風土を舞台にしたこのミステリー、オーストラリア旅行に出かける前に、ちょっと読んでおくといいよ。

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