月守 晋

あの雑誌が創刊号のころ

【あの雑誌が創刊号のころ】■BE-PAL ビーパル■

〔あの雑誌が創刊号のころ〕■BE-PAL ビーパル■
1999/8/6

Outdoor Life Magazine と副題つきの月刊誌。タテ260×ヨコ210ミリ。
162ページ、250円。昭和56(1981)年7月発行。小学館。

<特集・>は「アリゾナの砂漠から贈り物」で、2000年前のインディアンの土器片や化石木、ミミズに釣り針を通す道具、防虫石ケン、アメリカの農家が使うAlmanac 暦、などな
ど、キャンプ生活にあったら便利だろうな、という品々やまったく役にたたないだろうと思われる物が総計50品、読者へのプレゼントとして写真付きで。

<特集・>が「スーパーな男たちの、ビッグなアウトドア・ライフ」。”スーパーエッセイスト”の肩書のついた椎名誠が隊長の「怪しい探検隊」が千葉の根本海岸で張った一夜
のキャンプ生活。そして広告会社社員の長野・千曲川源流でのキャンプ。小型トラックに必要な品を積んで、金曜日の夜東京を発って日曜の夜まで滞在。
3人目が「丸太小屋原人になりたい」倉本聡。富良野に越して5年目の倉本が、”本物”の丸太小屋への憧憬を熱く語っている。写真に写っているのはなるほど、鉋のかかった普通の木造の家屋だ。

<特集・>ではほかにもいろんなアウトドア・ライフの実践例が紹介されているけれど、異色は横井庄一のアウトドア・ライフ批判。
横井は戦争が終わって27年後の昭和47年1月、グアム島のジャングルから救出された元陸軍軍曹。この時はまだ9年しか経っていない。
この年、65歳。その辺に生えていたセリやオオバコ、タンポポをむしり、鍋一つで、あっという間に野草汁を作ってみせた。戦時中から数えて28年間、生命をかけて、
やむなく孤独なアウトドア・ライフを続けてきたのだ。

「日常生活の中で身近に、もっと気軽にアウトドア・ライフをやってみたい。
街でも、ばあいによっては部屋の中でも楽しめるはずだ」というのが編集部の企画意図らしい。
このころにはすでに車からテント用具、海・川・山で使うさまざまな遊具や生活グッズが雑誌などに紹介され、輸入されて店頭に並んでいた。
“遊び下手”といわれつづけていた日本人がやっと経済力をつけ、生活にゆとりをもちはじめていたのである。

 

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