■レイ・ブラッドベリーとチョコレート■
1999/6/11
アメリカのSF作家レイ・ブラッドベリに”Have I Got a Chocolate Bar for You”「板チョコ一枚おみやげです!」という短編がある。
六月のある雨の降る蒸し暑い夕方、モーリー神父の告白室に一人の青年がやってきた。
チョコレートの香りを漂わせる青年の告白は、毎日2、3ポンドのチョコレートを十二、三年間も食べつづけてきてチョコレート中毒になってしまい、どうしてもやめられない、という悩み。
1979(昭和54)年、光文社から「SF宝石」という月刊誌が出た。その特別企画で501 人のSFファンからアンケートを集め、「海外SFベスト100」を発表している。
SF同人誌「宇宙塵」が調査に協力し、750 人、14歳から62歳までの501 人が回答を寄せた。各人がベスト10を選び、その累計でベスト100 を決定したのだ。
第一位は189 票を集めたA.C.クラークの『幼年期の終わり』。第二位がレイ・ブラッドベリの『火星年代記』で153 票を集めている。
太平洋戦争後の日本のSFは、昭和30年代の前半からようやく普及期を迎えた。
SF出版の老舗・早川書房が<ハヤカワ・ファンタジー>をスタートさせたのが32年、「SFM」すなわち「SFまがじん」の創刊は35年12月である。
このころ、SFに接した読み手がまず親しんだのは科学的な要素の少ないファンタジーのほうで、人気の高かったのがブラッドベリだったのだ。
ちなみにブラッドベリはベスト100 の作家の部門でも3位である。
さて、チョコレート中毒の青年はやがて毎日、神父のもとを訪れるようになり、いつしか週が過ぎ月が過ぎて、最初の日、ゾウの足音のように重かった青年の足音が軽くなり、格
子の向こうの小部屋から重量が消える。その間、神父が耳にしたさまざまな形の、さまざまな香りと甘さの、さまざまな産地のチョコレート、チョコレート、チョコレートの話。
そしてある日、青年は神父に「ぼくは遠くへ行きます」と告げる。「帰ってくるときは、法王に祝福してもらったお土産をもってうかがいます」と。
この短編をふくむ『とうに夜半をすぎて』は集英社文庫に入っていた。