月守 晋

食の大正、昭和史

食の大正・昭和史 第二十八回

2009年06月03日

『食の大正・昭和史—志津さんのくらし80年—』 第二十八回

月守 晋

 

●西洋料理の日本化
いま手元に1冊の料理本がある。『趣味と実用の日本料理』のタイトルで婦人之友社から大正14年9月に出版されている。手元の本は昭和15年2月に発行された第10版だから、ロングセラーになっていたことがわかる。著者は水町たづ子という人だが、経歴などは不明である。この料理指導書は同社の「料理叢書」の第1編として出版された。以後の第2編『家庭で出来る和洋菓子』、第3編『素人に出来る支那料理』、第4編『家庭向きフランス料理』、第5編『四季の家庭料理』、第6編『家庭経済料理』シリーズで発行されている。

定価は1円。大正末から昭和初期にかけて「円本(えんぽん)時代」と呼ばれる時期があった。きっかけを作ったのは改造社が予約をとって大正15年12月から刊行しはじめた『現代日本文学全集』(全63巻、第1回配本『尾崎紅葉集』)である。わずか1円で300~500ページの廉価版とはいえ堅表紙・上製本の現代文学全集がそろうとあって大人気になった。その成功を見た他社が追徒して、世界文学全集(新潮社)、世界大思想全集(春秋社)、小学生全集(文芸春秋社)、近代劇全集(第一書房)などがあいついで発行され、その数は200種類を上回ったという。

貧乏が看板の文士たちの懐を多額の印税がふくらませたが、使い途は洋行、海外遊学だった。当時、若い女性のあこがれだった吉屋信子も昭和3年、シベリア鉄道経由でフランスに渡っている。

『料理叢書』は円本ブームのほぼ1年前からの刊行だが、1円均一で市内のどこにでも走ります、という「円タク(1円タクシー)」が大正13年に大阪に現れて話題になっていたから、1円という定価設定にはそういうことも影響しているのかもしれない。

ちなみに大正13年に資生堂の高等化粧水大びんが1円、朝日新聞の月ぎめ購読料1円(大正12年)、ラジオの受信料が月1円(同15年)だった。

さて本題に戻ろう。

この家庭料理指導書は全体が「お献立十二ヶ月」、「吉例の御祝儀献立」、「お惣菜十二ヶ月」、「鍋八種」、「かはり飯十二種」、「風がはりな漬物十五種」に分けられている。重点はもちろん「お献立十二ヶ月」と「お惣菜十二ヶ月」である。

「献立十二ヶ月」は来客や改まった席での料理が意識されていて、月々の旬の食材を作った比較的手のこんだ料理が並んでいる。たとえば2月の献立には花菜や蕗(ふき)のトウといった季節のものが用いられ、焼き物には鯔(ボラ)が登場する。ボラは12月から1月の寒い時季に脂ののる魚で臭味もなくなる。

12か月の献立に使われているのはほとんど和食の食材であり料理法であるが、例外もある。

5月の酢の物にはキャベツ(キャペヂと表記されているが)をゆがいて細切りしたものと魚身の細切りの酢味噌和(あ)えが取り上げられ、8月の献立に登場する「はらみ茄子(なす)」という料理には牛肉と豚肉の5:5の合い挽きが使われる。ナスのへたを切り落として身をほじくり出し、代わりに合い挽き肉を詰め、醤油・みりん・だしの煮汁で煮つめるというもの。

「献立」よりも「お惣菜」のほうには洋風食材がより多く登場する。

2月の「豚団子汁」には豚の挽き肉とキャベツ、4月の「牛肉の酢味噌(牛肉のかたまりをとろ火でゆで、薄切りにして酢味噌で食べる)」 同じく4月の「牛肉ごもく焼き」は牛豚半々の合い挽きに人参、きくらげ、グリーンピース、生姜(しょうが)を加えたいわばハンバーグ。フライパンではなく玉子焼鍋が調理に使われている。

以上の外にも「豚そぼろ」、「ソップ(スープ)仕立吸物」、「ゆがき豚麹(こうじ)味噌」、「豚のさしみ」、「フィッシュボール」などが取り上げられている。

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