月守 晋

チョコレート人間劇場

米原万里

2010年02月10日

32. 「ウェハースをチョコレートでコーティングした人気菓子の名「ミーシカ」とは熊の愛称。」
——————————『旅行者の朝食』米原万里

「ジョークと小咄(ばなし)は、ロシア人の必須教養」だと米原さんは断言しています。さらに「平均的なロシア人ならば少なくとも五百ほど、どんなに生真面目優等生タイプの人であれ、最低三百ほどの小咄の蓄えがなくては一人前扱いされない。」とも。

米原さんはお父さんの仕事の関係で1954~64年までプラハのソビエト学校で学び、その後東京外国語大学ロシア語科を卒業、さらに東京大学大学院でロシア語・ロシア文学修士課程を修め、80年に創立されたロシア語通訳協会の初代事務局長、さらには会長を3年間務めたというロシア語の大専門家。

その米原さんが長年、なぜそのフレーズを耳にしたとたんロシア人がみな「クックック」「ウフフ」、ユサユサとお腹を揺すらせて笑うのかわからなかったことばがありました。

それが「旅行者の朝食」。

この言葉になぜロシア人が“過剰反応する”のか、その謎はモスクワ大学の先生から聞かされたたった1つの小咄で氷解します。

それはどうやら「中味よりも、缶に使われているブリキの品質が上等なので日本の商社がそのブリキ目当てに買いつけるらしいという噂の缶詰」の名称だったのです。

それはとりもなおさずその中味が猛烈にまずい、ということ。

いったいどれほどまずいのか、是非とも賞味したいと思っていた米原さんはあるときロシアに出張した折に、スーパーマーケットで実物を発見します。

「旅行者の朝食」は1種類だけではなく、牛肉ベース、鶏肉ベース、豚肉ベース、羊肉ベース、魚ベースと結構な品ぞろえ。

その中身はというと「肉を豆や野菜と一緒に煮込んで固めたような味と形状」をしているが「ペースト状ほどには潰れていない」、ちょうど「犬用の缶詰」によく似ていたのでした。

米原さんが「旅行者の缶詰」のエッセイをある企業の宣伝誌に書こうとした98年には、もうモスクワの街から姿を消していたそうで、後に残ったのは、

ある男が森の中で熊に出くわし聞かれます。

「お前は何者だ?」

「私は旅行者ですが」

「いや、旅行者はおれだ、お前は旅行者の朝食だよ」

という、まあたわいもない小咄だったと。

かつてロシアの食べ物のまずさは有名な事実で、いろいろな人がそのことに触れていますが、米原さんの発見した「大当たり!!」の安くてうまい掘り出し物の缶詰は「鱈(たら)肝の缶詰」で、グルメを自称するフランス人が「このフォアグラ、かなりいい線いってるよ」とコメントしたほどだそう。

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