月守 晋

ミステリーの町々

ミステリーの町々 ⑭ロサンゼルス

ロサンゼルス大学の英文科の教授で、中世英文学を専門とするクリフ・ダンバーはやっと学年末の6月を迎えて、ほっとしていた。彼のこの1年はまるで悪夢だった。学年初めには妻のキャロルを肺癌でなくし、学年末には親友のリンクを失った。
煙草も吸わないのにキャロルは肺癌になり、大学の中央図書館の特別収蔵庫主任だったリンクは、ウエストウッドの彼のアパートのガレージで、二人組の強盗に襲われて死んだ。
奪われたのは財布に残っていた現金14ドル。
新聞でも報道されていたが、実はリンクは襲われた時、時価30万ドルという値打ちの品を持っていた。それは稀購本の《ベイ版詩篇》の初版本。
この《ベイ版詩篇》は実在の稀購本で、1640年にマサチューセッツ州の英国人移民地で印刷業を営んでいたスティーヴン・デイによって発行された。ヘブライ語から英語に翻訳された、聖書の詩篇を集めたものだ。現存しているのは、完本二部を含む11部だけ、という代物なんだ。
―と、まあ、あちらの百科事典に説明が出ている。

これをロサンゼルス大学(という名の大学は実在しないが、どうやらUCLA、つまりカリフォルニア大学ロサンジェルス校がモデルらしい。UCLAには、この大学ご自慢のカレッジ・ライブラリー、リサーチ・ライブラリーの二大図書館がある)に寄贈したのが、州の名門ウィンスロップ家の当主で、州知事選に立候補しているベリー・ウインスロップだ。
さて、クリフはリンクの娘のパールにくどかれて、リンク殺害の犯人探しを始める破目になってしまう。それというのも、親友の娘―コンピューター・プログラマーのパールに、たかが1日2百ドルの私立探偵料を払わせるわけにはいかないし、彼はあと1週間もすれば、大学とは無縁の自由な体になる身だから。つまり、英文科主任や他の教授連とぶつかって、大学に居る気をなくしてしまったわけ。
なぜぶつかたかというと、彼がヴェトナムの従軍中尉で2つも勲章をもらっていて、その戦争詩集で賞金5千ドルの文学賞をとり、雑誌に発表したチヨーサー研究で注目を集め、そのうえ遺産やら印税やらで相当の金があり、またそのうえに、彼が中世後期のスコットランドの詩人ウイリアム・ダンバーの直系の子孫というおまけまでついているからだ。
ついでだけれど、このウイリアム・ダンバーという詩人も実在した人物で、三省堂あたりのポケット版の人物事典にもちゃんと名前が載っている。
最初の手掛かりは、リンク殺害犯人の目撃者ビショップ夫人の証言に、嘘があるらしいということだった。壊れた街灯の下で、スペードのエースみたいに真っ黒だったと、どうして識別できたんだ?
夜の9時なんだぜ。
《ベイ版詩篇》そのものにもうさんくささを感じたクリフは、鑑定をした書誌学者シリマンとポストの2人が、1字1句ごとに本物のそれと照合したわけではないことを知って、大学出版局最高の校正者モナ・ムーアの手を借りて、全文を本物と照合することに(正確には照合してもらうことに》した。
《ベイ版詩篇》の調査を始めたとたん、クリフは前金千ドルでやとわれた二人組に襲われる。英文学の教師とはいっても、部下からジャングル・ジムと仇名されたヴエトナムの元戦士だから、彼は一人の膝頭を脱臼させ、一人の頭蓋骨を砕いてしまった。
殺し屋の手がモナ・ムーアに伸びることを恐れたクリフは、彼女を一人住まいのわが家へ緊急避難させる。
このクリフの住んでいる家というのが、例のサンセット大通りに面したプール付きなんだよ。プールにはヒーターがついていて、水温を調整できるし、庭の草花や樹木を枯らさないためにスプリンクラーもついている。バスルームも2つある。

で、この家に移ってきたモナが、だんだん美人になってくる。もちろん、クリフの目には、っていうことだけどね。
それに、この家まで警官に変装した殺し屋に襲われた。その夜、恐怖で眠れないモアが、クリフの寝室のドアをノックする。
ウイル・ハリスの『殺人詩篇』(ハヤカワ・ミステリー文庫)は、1984年度アメリカ探偵作家クラブ最優秀処女長篇賞受賞作だ。ウイル・ハリスはランド・コーポレーション(政府系のシンク・タンク)のリサーチ・エディター主任だそう。いかにも職業経験が生かされた内容のミステリーだ。

それに、カリフォルニアの風光を思わせる明るさがいい。脇役に登場する日系人の図書館員や、クリフの元部下で芸能エージェントの黒人なども魅力がある。
ジェット機の中での怠屈しのぎには、もってこいだろうね。
もう一つついでだけど、クリフの乗っている車は、オレンジ色(!!)のポルシェなんだよ。

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