月守 晋

ミステリーの町々

ミステリーの町々 ⑪デトロイト

アメリカの自動車の町デトロイトは、五大湖地方のセントクレア湖に面している。セントクレア湖の北はセントクレア川でヒューロン湖に、南はデトロイト川でエリー湖につながっている。地図でいえば、ヒューロン湖は左から3つめ、エリー湖が4つめの湖だ。セントクレアは五大湖の員数外の、小さな湖である。
デトロイトの人口の半数は黒人で、ハムトラミック地区の80パーセントはポーランド系だ。
五月のある日、ウェスト・グランド川沿いの道に面したビル3階のエイモス・ウォーカーのオフィスを訪ねてきたのも黒衣ですっぽり身を包み、アルミニュウムの歩行器に頼る、ポーランドなまりの老婆だった。
老婆の依頼は19年前、行方を絶った孫息子を探し出してほしいということだった。
19年前、老婆の息子が嫁と争い、ショットガンで嫁を殺害して自分は自殺した。銃撃があって5分とたたないうちに到着した警察は、血まみれの床の真ん中に立っている孫息子を発見した。孫息子は嫁の妹夫婦に引き取られていったのだが、一年後には妹夫婦に連れられたまま消息を絶った。事件当時、彼は11歳だった。

デトロイトは日本製自動車の進出で、いちばん手ひどい痛手をこうむった町である。フォードをはじめGM、キャデラックなどの創業の地で、“モーターシティ”の呼び名があった。その工場から出た厖大な人数の失業者が、社会保障の給付窓口に列を作っているのを、TVのドキュメンタリー番組で見たことがある。

ところで、19年前の「エヴァンツェク事件」を担当したハワード・メイクは警察をやめて、ギャラハー通りの木造家屋に住んでいた。「メイク」はもともとは「メイコフスキー」で、父親が公務員にもなれるように、エリス島(ニューヨークにある移民の島)で綴りを変えたのだ。つまり、ポーランド人地区に住むポーランド系の警官なのだ。

メイクの協力もあって手がかりをつかんだウォーカーは、デトロイトのダウンタウンの中心部を東西に走る、ミシガン・アヴェニューに車を駆った。ミシガン・アヴェニューは摩天楼が取り囲むグランド・サークルを基点に、ほぼ水平に広がる町並みを一直線に突き進んで、やがてUSハイウェイ12号線となる。

老婆の孫息子マイケルを連れて姿を消した嫁の妹、バーバラ・ノートン夫人はミシガンに交差するギルバート通りのアパートメントに住んでいた。
ウォーカーの質問に、ノートン夫人の答えは「マイケルは死んだわ、そろそろ二年なの」だった。
マイケルは一昨年の8月にカリフォルニア湾で溺死した、というのだ。
デトロイトの私立探偵、エイモス・ウォーカーの活躍する『シュガータウン』(ローレン・D・エスルマン/ハヤカワミステリ/浜野サトル訳)はこの後、予想外の展開を見せる。
「この街(モーター・シティ)がモントゴメリーからブダベストにいたる町々から来た労働者の金脈(シュガータウン)だった頃」と本文にあるように、デトロイトはほとんど身一つで、大西洋を渡ってきた移民たちに、いい給料、いい暮らしを与えてくれる“金脈”だった。彼らの金脈はもちろん、自動車工場だった。

しかし現在では、「ルネッサンス・シティ」の名のもとに、自動車以外の途で再生をはからなくてはならない。破滅にひんした街という印象が強い。
ウォーカーにいわせれば、ビア樽みたいな首をして大口あけてにたにた笑ってばかりいる移民の労働者みたいな町は、「やがて暴動がもちあがり、人がたて続けに殺され、新手のギャングが町を牛耳り、河岸に円筒建築(サイロ)の類をあれよあれよと建てたかと思えば、ルネッサンス・シティだとぬかしやがる。いまじゃ、町もまるで悔い改めて昔なじみを袖にし、耳なじんだ冗談にも笑顔ひとつみせない娼婦といったところさ」
ということになる。

ついでながら、デトロイト川の向こう岸は、カナダである。この川をアンバサダー橋で渡るか、デトロイト・ウィンザー・トンネルをくぐるかすると、カナダのウィンザー市。数次入国査証がなくてはだめだが、英国製の陶器やウール製品、ガラス器具などが安く手に入る。
『シュガータウン』は1985年度のアメリカ私立探偵作家協会の最優秀長編の受賞作だ。

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