月守 晋

ミステリーの町々

ミステリーの町々 ②ストックホルム

しなやかな金髪の、八歳半になる少女エヴァの死体が発見されたのは、ヴァナディス公園の給水塔の裏の繁みの下だった。発見したのは、さえない身なりの呑ン兵衛二人。
1967年6月10日土曜日の午前3時30分を回ろうという頃だった。少女は昨夜の7時頃に遊びに出て、帰って来なかった。母親は11時頃に、警察に捜査を依頼していた。
ストックホルム市警察の殺人課の主任警視マルティン・ベックが事件を知ったのは、モータラからの帰途の列車の中で広げた新聞でだった。同じ土曜日の午後である。
この事件のために、モータラのブラザホテルに泊まり、親友のアールベリと胸襟を開いて語り合い、ヴェーテルン湖でモーターボート遊びをし、名物料理の鱒(ます)を食べ、その合い間に少し操作をするという、仕事にかこつけた一週間の楽しい休日の記憶が吹っ飛んでしまったのだった。

少女の死体が発見されたヴァナディス公園は、ストックホルム市の北の端にある。14の島からなり、北欧のヴェニスといわれるこの市には、公園も実に多い。地図を広げてみるとわかるけど、ナントカ・パーゲン、カントカ・パーケンと、いたるところ公園(バーケン)ばっかりだ。
そのもう一つの公園で、ベックの次の悪夢が起きたのは、最初のものからわずか54時間後、月曜日の午後3時5分だった。
二人目の少女が、黄色の袖なしコットンドレス、白いソックスに赤いサンダルという服装で、死体になって発見されたのだ。場所はなんと公園の野外劇場近く。起伏の多い公園の、丘を下った空き地の草むらだ。
ストックホルムは14の島(“22”と書いてある本もある。要するにたくさんの島なんだ)でできていると書いたけど、タント公園に行くには、王宮やスウェーデン歴代の王や女王がほとんど眠っているリツダルホルム教会のある島(半島?)を通り抜けて、南下しなくてはならない。
この公園は、市内でいちばん大きくて、しかも公園に隣接して市民菜園や栽培小屋があり、その南には湾岸沿いにボート乗り場や工場、商店、スクラップ置場などが並ぶ雑然とした地域がひろがっている。
二つの事件とも、手がかりらしい手がかりはほとんどない。
いや、確かな証人が二人いた。
一人は、第二の事件で被害者の少女アニカに、彼女が襲われるほんの少し前まで遊んでもらっていたらしいブッセという三歳の幼児。もう一人は第一の事件で、少女暴行魔と同じ公園内ですれ違っている可能性のある辻強盗だ。
三歳の男の子と、老人ばかりを連続9回襲っている辻強盗野郎が証人だなんて、いやはや、なんたる事件だろうね!
いくら重要な証人だからといって、マルティン・ベックの台詞じゃないけど、「自首してこいと、辻強盗の正義感に訴えるわけにもいかない」ものねえ。
ところがこの辻強盗が、自分の体を使って稼いでいるらしい情婦に密告されてつかまるのだ。女は情夫が他の女を引っ張り込んだので、嫉妬からタレこんだ。
辻強盗の証言と、三歳の坊やのブッセの「パートタイム・パパ」という言葉から、おぼろげながら浮かんできた犯人の人相は、なんと、第一の事件の一週間前に、向かいの建物のバルコニーに変な男がいると、どこかの老婆が電話をしてきた男の人相そのものなのだ。
ということで、この老婆さがしが始まる。
話をはしよっちまうと、バルコニーの男は、エヴァが住んでいた同じスヴェアヴェーゲンのアパートの住人だった。そして、第三の事件をひき起こす直前に、ユールゴールデンで間抜けなパトロール巡査の二人組につかまってしまう。

実はこのユールゴールデンというのは一つの島で、島全体がさながら公園なんだよね。この島には、北欧を代表する野外博物館のスカンセンがある。
スカンセンは、北方民族博物館の野外部門として、1891年に発足した。いまでは、スウェーデン各地から移築された教会、風車、農家、山荘、などが150棟も展示されている。動物園もあって、6月の夏至祭、12月のクリスマスと、市民の憩いの場所になっている。
島に渡るには、ニイプロプランか、王宮のあるガムラスタン(旧市内)のシェップルプローン埠頭からフェリーに乗る方法が一つ、あとは島と本土の間の湾の隘部にかかっている橋を渡るしかない。
マルティン・ベックがというより、コルベリやグンヴァルド・ラーソンやメランデルといった警官たちが、実に人間くさい活躍を見せる『バルコニーの男』は、ペール・ヴァールー、マイ・シューヴァルという、夫婦作家の生み出したシリーズの一冊だ。
10年間のスウェーデン社会の歴史を書くつもりで始めたシリーズは、10作目の執筆途中にペールが死ぬという不測の事態が起こったのだけれど、予定通りに完結した。
このシリーズを読むと、きっと、北欧のヴェニス、ストックホルムを訪ねてみたくなるだろうね。

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