月守 晋

A petty talk on chocolate

■ 鮎川哲他の『ペトロフ事件』■

■ 鮎川哲他の『ペトロフ事件』■
1998/12/30

鮎川哲世の『ペトロフ事件』は鉄道列車のダイヤをアリバイに使った、日本で最初のミステリーだ。
昭和25年の4月の「別冊宝石」に発表された。太平洋戦争で日本が敗戦する前の旧満州・大連が舞台になっている。
大連西郊のロシア人村でペトロフという大金持ちの老人が殺され、老人の甥のアントン青年が警察に連絡してき。老人にはアントンの他に二人の、これも甥になる兄弟の遺産相続人がいるが、いちばん容疑の濃いのは死体発見者のアントンだ。
しかし彼には、殺人が行われたころ南満州鉄道の列車に乗っていた、という鉄壁のアリバイがある。
このアリバイに挑むのが鬼貫警部。
ロシア語がしゃべれて、趣味はクラシック音楽という独身男で、電話で呼び出されると、濃緑のネクタイに黄色のチョッキ、納戸色の上下に着替えて、ホームスパンの霜降りのスプリングコートを抱えてタクシーに乗るという、しゃ
れた奴。納戸色はネズミがかった藍色だ。

この鬼貫がちょっとした物知りで、容疑者の一人アレクサンドルとその婚約者ナタリアと三人で、実地検証のために旅順の海鼠(なまこ)山に上り、ナタリアが用意してきた昼食の弁当を食べながら日露戦争のときのエピソードを話して聞かせる。
旅順は日露戦争の激戦地。塹壕一つをはさんで、日本軍とロシア軍が持久戦に入ったころのある夜、ロシア軍の陣地から日本軍の陣地にどさっと袋が投げ込まれた。爆発物じゃないか、と恐る恐る閉けてみると、チョコレートやキャンデーのプレゼント。
日本軍からも煎餅や落雁を入れたお返しの袋がロシア軍陣地に投げ込まれ、菓子がなくなると絵手紙の文通が始まったという。
明治37〜38年(1904-05)ごろ、ロシア軍の携帯食にか慰問袋にか、チョコレートが入れられていたんだ。
チョコレートには疲労を癒す効力がある。それを知っていてか知らずにか、ロシア軍の携帯食か慰問袋にはチョコレートが入れられていた。思いがけない贈り物を受け取った日本
軍のほうは、たぶんチョコレートなど口にしたことのない兵隊のほうが多かったろう。

チョコレートにはポリフェノールという物質が含まれている。フランス人がワインをがぶ飲みする割りには、心臓病や高血圧の患者が少ないのは、ワイン中に含まれるポリフェノールのおかげだ、
というので日本では特に含有量が多いといわれる赤ワインブームが起きた。しかし100gのチョコレートに含まれるポリフェノールは、100ccのワイン中に含まれる量の約2.7倍ある。
チョコレートをかじっていたロシア兵は、日本軍の砲撃や銃撃、切り込み隊の恐怖から受けるストレスを、多少なりとも和らげていたことだろう。
ポリフェノールはストレスによって生じる活性酸素の働きを抑制する。ストレス反応を緩和し、精神を安定させる。
ナタリアが用意してきたバスケットからは、ジャムやイクラやカルパーサ(腸詰め)のサンドイッチが出てくる。鬼貫はそれらを遠慮なくいただいて、替わりに魔法瓶に詰めた熱いココアを若い二人にふるまって喜ばれるのである。

TM記

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