月守 晋

A petty talk on chocolate

〔人それぞれの・・・〕■福祉先進国の警察小説■

〔人それぞれの・・・〕■福祉先進国の警察小説■
1999/6/18

スウェーデンのミステリー作家、マイ・シューヴァルとペール・ヴァールーの夫妻が1965年に第一作の『ロゼアンナ』を書きはじめたときは、
まだ全十巻のシリーズにできるという、はっきりした見通しはついていなかったらしい。
それを明瞭に意識できたのは、『ロゼアンナ』が好評を博し、英訳されて英米のファンから称賛をあびてからだった。

夫妻はマルティン・ベックを主人公にした警察ミステリーを一年に一作の割りで十年書きつづけ、スウェーデン社会の十年の変遷を描こうとした。
つまり、十年間の現代史、今日史を意図したのだ。『ロゼアンナ』は米コロラド州生まれのアメリカ娘が、人口二万七千の、
スウェーデンでは中都市に入るモータラ(平凡社の地図表記ではムータラ)の運河の水門下から、絞殺死体となって発見されたときから始まる。

事件は国家警察の手にゆだねられ、担当したのがマルティン・ベック警部。
第一線の最も有能な刑事と目されているが、結婚して十二年になり、二人の子どももいる年上の妻との間には、隙間風が吹きはじめている。
そのベック警部、十年後の最終作『テロリスト』では主任警視・ストックホルム警視庁の殺人課主任を勤めている。
有能なことに変わりはないが、娘イングリッドに背中を押されて妻のインガとはすでに別れ、レアという十一歳年下の女性といい関係になっている。
楽しい語らいとセックス、信頼と友愛に彩られた、共に充実した関係に。

シリーズにはベックだけでなく、第八作『密室』では買ったばかりの夏のスーツのズボンに、
マムマム・チョコレート・ボールの染みをつけた二人の子どもの親で、
いちばん気の合うレンナルト・コルベリや上流階級出のグンヴァルト・ラーソン、神秘的なほどの記憶力の持ち主フレドリック・メランデルなど、多彩な人物群が登場するのが魅力だ。

夫妻は共同で綿密なプロットを立て、各章ごとのシノプシスまで練り上げておいて、二人同時にそれぞれが一章ずつ書き、互いに交換して仕上げるという方法をとって完成した。
ベック・シリーズの十年は、日本の60年代後半から70年代前半の十年に重なりもする十年である。
日本語版は高見浩の訳、角川文庫で全巻が発行されている。

 

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