月守 晋

あの雑誌が創刊号のころ

【あの雑誌が創刊号のころ】■写楽 SHAGAKU■

〔あの雑誌が創刊号のころ〕■写楽 SHAGAKU■
1999/5/28

“Enjoy! Visual Life Magazine” と惹句のついた「写楽」が、篠山紀信が撮った女優・森下愛子の下着姿の写真のカラー表紙で創刊されたのは昭和55年6月1日。
A4サイズの天地を1センチばかり切った寸法で本文168 ページ、後ろに16ページだけモノクロページがついている。
定価390 円、版元は小学館。この年は雑誌の創刊が史上最高に達した年で、その数235 点。
「Number」「とらばーゆ」「BRUTUS」も(『近代日本総合年表』)。

巻頭は「デジタル人間」のタイトルでY・M・Oの三人が見開き2ページで紹介されている。
現在は白髪の混じる坂本龍一も細野晴臣も高橋ユキヒロもまだ若々しい。

そして14ページの「〔写楽館〕森下愛子」につづく。写真家篠山はこのころ、女優がみんなこの人の前では裸になりたがる、なんていうゴシップがあった。
そして、そのウワサを”ナルホド”と納得させる、美しく、豊かで、幼さを残したいながらどこか妖しげな裸体が並ぶ。
本文の他に4ページ大の半身像のはさみ込みが入っている。はさみ込みの裏面は浅井慎平が撮った皆既日食のダイヤモンド・リングの写真だ。

ミノルタX7の広告写真では、熊本大学法学部出身の”健康美女”宮崎美子が白い歯を見せて初々しく笑っている。
宮崎美子は「週刊朝日」の企画した、全国大学女子学生表紙モデルにボーイフレンドが応募した写真が入選して、いちやく有名になった。

“変化”を感じさせるのは、日航国際線スチュワーデス(と当時は呼んだ)の撮った7ページ建てのセルフ・ポートレート。
「日常生活の中で探した自分」を撮ったいうそれらの写真は、勤務中に宿泊する外国のホテルや自宅アパートの自室、旅先のホテルの部屋での撮影者自身だ。
眼が第三者に成りきっているから、姦視の卑しさを感じさせない。

その他には木村伊兵衛のローマ、沢渡朔の少女・地引かずさを撮影したページ、鯖江慎一郎撮影の江波杏子のヌード、などなど。
真ん中にはさまった情報のページでは、70年代後半、東京の街角に置かれていたポルノの自動販売機で売られていた「XマガジンJam」のバックナバーの紹介。
自販機そのものが、青少年に悪影響を及ぼすというので取り払われた。

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