Blog

ニューヨークのバレンタイン(11)

投稿日: 2009年7月18日

ニューヨークのバレンタイン(11)

今回のニューヨーク訪問はマキシン・ブレイディー著の「ニューヨークベスト200店」(ツタ
ガワ・アンド・アソシエーツ)を読んで触発されたものであったが、グローバル・ナンバー・ワ
ンと同時にグローバル・オンリー・ワンのコンセプトを肌で実感した旅であった。日本の流通菓
子は世界には通用しないことも実感した。PBの実体が何であるかを知れば知るほど情けない気
持ちになった。2月17日はニューヨークでの最後の一日になった。

最後にニューヨークの高級百貨店、バーグドルフ・グッドマン(Bergdorf Goodman)を再訪
して時間をかけて見てまわった。このデパートメントストアでひとつ気になったことがある。靴
の売場に多くの見本が展示されていない。ほしそうな顔をしていると店員がすっと横に来てソフ
ァに座らせる。現在履いている靴を脱がせる一瞬のまに観察し、店員がどんな色とどんなデザイ
ンのものがほしいかと尋ねる。バックヤードに行って候補になる靴を2足持ってくる。このとき
持ってきた2足は必ずバックへ持ち帰る。気に入らないと更に好みを聴いて、またバックヤード
に行く。この靴の販売方法は1965年にミラノの靴屋で体験した販売方法と同じであった。彼
等はフルコミッションセールスである。プロのコーディネータでもある。2,3回の試し履きで
大いに気に入った靴に巡りあったので、今度しかじかのTPOで履く靴はどんなものがいいかと
相談をするとすぐさまどんぴしゃりの靴を持ってきた。前々日にこの店を訪問したときのことで
ある。女房がブラウスを選んだ際の店員の応対がサントノーレのエルメスの店員のそれと同じで
あった。いらっしゃいませ、ありがとうございますの紋切り型の応対しかできない日本の百貨店
との大きな違いである。

メトロポリタン美術館(The Metropolitan Museum of Art)の前をたまたま通りかかったので
思い切って入館することにした。規模の大きさ、収集品があらゆる時代、あらゆる地域を網羅す
るなど、全てにおいて世界最大を誇る美術館のひとつであることは周知の事実である。さらにフ
ランスや英国のように略奪品のないことでも知られている。建物の大きさもさることながらアメ
リカ的な様式美に感銘した。私の同級生の一人が早稲田大学古代エジプト調査隊に加わっている
こともあってまずエジプトの展示から見始めた。ミイラを前に小学校4年生の1クラスが若い教
員に引率されて校外学習が始まっていた。私はその授業をなにくわぬ顔で熱心に聴いた。
どんな解説書を読むよりよく理解できた。われわれ戦中疎開派にとってこのような授業が受けられるア
メリカの小学生が羨ましかった。女房のために楽器の展示品を見た。それから日本の収集品を見た。
次にルノアール、デュフィ、ロートレックと19世紀の印象派の作品群を見た。マン・レイ
(Man Ray)を初めとする写真のコーナーをもっと見たかった。時間はどんどん経つ。2時間
で外へ出た。何時の日かまた来ることをこころに期して。

2月17日、午後8時、投宿していたホテルのすぐそばのカーネギー・ホール(Carnegie Hall)
にザ・キングズ・シンガーズ(The King’s Singers)の演奏会を聴きに行った。学生時代にグリ
ークラブに在籍していたこともあり、ホテルのコンシェルジェでチケットの手配をしてもらった。
食事はサンドイッチですませ開演時間に間に合わせた。2階ギャラリー席でステージの真上であ
った。ホールの音響は抜群によかった。しかし外を走る自動車の警笛や救急車のサイレンの音の
遮音は完璧でなく生々しく聞こえる。このホールの建設時(1891年)には自動車の警笛は珍
しかったのであろうか。しかし演奏家にとってこのホールの、舞台での音響効果は特別なもので
あるらしい。とくにピアノについてはスイートスポットがあるとルービンシュタインがレコード
の解説記事に書いているのを読んだことがある。ザ・キングズ・シンガーズの演奏は優れたもの
でさすが英国のグループだけに英国のルネッサンス時代の無伴奏合唱歌曲や宗教曲、特にマグニ
フィカートやマドリガルがよかった。カウンターテナーの響きがやわらかく倍音があざやかに聞
こえバレンタインなど完全に忘れた時間と空間であった。
マーケティングマンとしてカーネギー・ホールの経営のあり方に着目したい。広く浅く音楽ファ
ンから寄付を集め会員にしていることである。もちろん日本でも同様の寄付を募ってはいるが、
100ドルからという少額で募金し、その名前をプログラムに掲載しているところはしらない。

曰くMembers ($100 – $249) 802名、Sustaining Members ($250 – $499) 51名、
Associate Members ($500 – $999) 78名、Patrons ($1,000 ~4,999) 115名、
Sponsors ($5000 – $9,999) 13名、 Guarantors ($10,000 and more) 18名。この他に
法人会員の年会費に Contributor ($999 and under) 93社、Supporter ($1,000 – $2,499) 
105社、Patron ($2,500 – $4,999) 36社、Pacestter ($5,000 – $9.999) 23社、
Sponsor ($10,000 – $24,999) 7社、Leader ($25,000 and above) 4社。さらに
Endowment Fund(寄付基金)とつづく。これらの会員に対するインセンティブは魅力的なも
のが多い。次のリンカーン・センターの例を見ていただきたい。

これより先、2月15日、午後7時半開演の、ズビン・メータ(Zubin Mehta)の指揮する
ニューヨーク・フィルハーモニック(New York Philharmonic)の2月定期演奏会をリンカー
ン・センターで聴いた。ニューヨーク・フィルの定演は1961年まではカーネギー・ホールで
あった。その夜の演奏はワグナーのジークリフト牧歌、ついで韓国の天才少女ピアニスト、ジュ・
ヘー・スー(Ju Hee Suh)演ずるところのメンデルスゾーン、ピアノ・コンチェルト(第1番)
とブラームスの交響曲第1番であった。ジュ・ヘー・スーは当時13歳であった。しかし舞台で
見た限り10,11歳にしか見えなかった。翌年の1984年のリーズ国際ピアノコンクールで
第2位に入賞している。ニューヨーク・フィルハーモニックの団員は年老いた演奏者が多く、期
待していた演奏にはほど遠いものであった。何かにつけニューヨークには活力に溢れたものを感
じていたがこの演奏会は残念であった。[翌々年ズビン・メータがイスラエル・フィルを率いて
大阪のザ・シンフォニー・ホールで演奏したマーラーの交響曲第5番は鳥肌だつほどの名演であ

った。この夜のニューヨーク・フィルを指揮したメータと同じ人とは信じられなかった。]
ニューヨーク・フィルハーモニックの年会費は35ドルという少額から募金している。

$35 会員:年2回のリハーサル見学(友の会コーヒーバーのドリンク券付き)と四季報の無料配布。

$75会員:年4回のリハーサル見学(友の会コーヒーバーのドリンク券付き)、リンカーン・センタ
ー・ツアーのチケット2枚、四季報の無料配布。

$125 会員:年4回のリハーサル見学(友の会コーヒーバーのドリンク券付き)、リンカーン・センター・ツアーのチケット2枚、春季特別コンサートのチケット購入特典、四季報の無料配布。

$250 会員:年4回のリハーサル見学(友の会コーヒーバーのドリンク券付き)、リンカーン・センター・ツアーのチケット2枚、春季特別コンサートのチケット購入特典、春季音楽祭のチケット2枚、四季報の無料配布。ここまでの会員数や名前はプログラム掲載されていない。Donor ($500) 189名(匿名78名):上記の特典の外にさらに魅力あるインセンティブが金額を増すごとに用意されている。Patron
($1,200) 191名(匿名30名):Sponsor ($2500) 73名(匿名12名)
: Guarantor($5,000) 47名(匿名1名):Sustaining Contributor ($10,000) 35名(匿名1名)。

カーネギー・ホール同様、法人会員や他の名目で年会費やファンドがある。メトロポリタン歌劇場
では1000ドル会員でもパバロッティやドミンゴのレセプションに出席して一緒に写真を取
ることも出来る。ニューヨーク・フィルハーモニック の場合は5000ドル会員がズビン・メ
ータのレセプションに招待されるとある。
失敗だったのは2月12日にウインター・ガーデン・シアターで大ヒット中のキャッツをみたこ
とだ。2人とも幕が上がったと同時に白河夜船。何が何だか分からないままに終わった。時差ぼ
けとは恐ろしいものである。

帰国してしばらくして女房が浮かぬ顔をして告げた。どうも乳ガンの疑いがあるという。ニュー
ヨークをあれほど精力的にまわったときはすでにガンに冒されていたらしい。3月21日、乳ガ
ンの手術を行った。

<この項終わり>

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP