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ニューヨークのバレンタイン(3)

投稿日: 2009年5月24日

ニューヨークのバレンタイン(3)    

日本の百貨店にブルーミングデール、ニーマン・マーカスのような店のテーマに沿った展示やイ
ベントに統一感がないのは日本の組織上の問題があると思う。そこには役所と同じような縦割り
行政の悪弊があらわれている。社長室だとか経営企画室だとか名前は立派でもスタッフでは全店
をひとつのテーマでまとめあげる力に欠けている。各ラインの部長のほうが経営企画室の室長よ
り力が強いのである。日本の組織は大東亜戦争時代の関東軍の独走をとめる機能がなかったよう
に、「結果オーライ」というラインの独善が存在している。

「モデル・ルーム」(Model Room)
5階にある家具売り場を「モデル・ルーム」と呼ぶ。ブルーミングデールの出自が家具商だけに
このフロアーはニューヨークの名物的存在である。1年に2回全店規模で催される世界各国のテ
ーマに沿ってモデル・ルームも模様替えされる。
私が見たモデル・ルームは今シーズン前に納入されたメトロポリタン歌劇場の指揮者の控え室
(楽屋)が展示されていた。豪華客船の船長室を彷彿させるこぢんまりとした部屋は総マホガニ
ー仕上げで、大きな3面鏡が正面にしつらえてあった。これはマエストロが振り下ろすバトンに
よって変わる姿を前後左右から確認するためのものである。マエストロがここで最後の瞑想をす
る場所である。と、思っただけで限りなく想像がふくらみ嬉しくなる。この「モデル・ルーム」
はテーマによってふさわしい内装と家具、照明がコーディネートされる。一般の顧客がここで大
きなインスパイアやアイディアを得られるよう工夫が凝らされている。顧客は250ドル払えば
プロのデザイナーによる「フル・デザイン・サービス」が受けられ設計図やパースを入手できる。
2500ドル以上の家具を購入すればこのサービスは無料になる。

池袋の西武百貨店もおそらくはこの「モデル・ルーム」からヒントを得て同じような内装のデザ
イン・サービスを行っていたのだろうと思う。後年私は自分の家を改築するとき設計士の描いた
洗面所のパースが気に入らなかった。西武有楽町店の内装サービスに依頼したところ3600ミ
リ巾の最新の素材を使った洗面台と鏡の組合せでシンクの下部に配置された引き出しと開き扉の
デザインを提示され、大いに気に入った。20年前の話である。デザイナーがそれだけの生活を
していることを受けとった図面やパースから十分うかがえた。生活提案は同じような生活体験を
してこそ初めてできるものだ。いまもこの洗面所は私にとって一日の初めの儀式をする大切な場
所である。

ブルーミングデールの「モデル・ルーム」はこれから家を建てようとか部屋の内装を変えようと
思う人は必見の売場であろう。私の内装に対する美意識の開眼はメトロポリタン歌劇場の楽屋の
モデル・ルームを見たときであったと断言できる。ノイハウスの売店をつくるときトラバーチン
の販売ケースと床にヨットの甲板を採用するとき明らかにブルーミングデールの「モデル・ルー
ム」で受けた衝撃がまざまざと脳裏をよぎった。

「ザ・メイン・コース」(The Main Course)
6階にある家庭用品のフロアー。床は白の大理石、天井はグリーンのネオン管に輝く「ザ・メイ
ン・コース」はショップ・イン・コース(店の中の街)と呼ばれるべき家庭用品のブッティク街
である。デモンストレーション・キッチンから始まるこのザ・メイン・コースは炊事用具、調理
器具、刃物類、オーブン用品、調理用のちょっとした器具、道具がそれぞれ周密きわまるブッテ
ィク形式で展示してある。この展示ストリートのブティック集積のダイナミズムは壮麗である。
このブティック街はアレッシ(Alessi)、ボッシュ(Bosch)、(クジナート(Cuisinart)、
ヘンケル(Henckel)のような世界的ブランドが軒を連ねている。
日本でも1坪の売場にナイフならナイフを深掘りして陳列をして成功した店があった。しかしブ
ルーミングデールの規模は日本と比べるべくもなく大きい。同じジャンルの商品群で深掘りの売
場がブティック形式で並んでいて品揃えの巾、価格帯の巾も極め大きく圧倒された。旅行者とし
て眺めているので長居はできない。食品にたずさわるものとして道具類や調理器具は時間をかけ
てじっくり観察したいと思いつつも売場を離れた。

「B・ウェイ」(B’Way)
ブルーミングデールの精神を凝縮した化粧品のフロアーである。徹底した美の劇場としてのコン
セプトで貫かれているとマキシン・ブレイディーは述べている。私は門外漢である。現地におい
てもこのフロアーは素通りしただけであるので評論は省略すべきであろう。
「ステイショナリー」(Stationery)。遊びの心で特色を出した文房具売場であるとマキシン・
ブレイディーは言う。この売場も前項とおなじく私に評論する資格はない。私も文具には目がな
い一人だが、鳩居堂京都、鳩居堂東京、伊東屋をもっているだけ幸せである。

「デリカシーズ」(Delicacies)
高感度な味覚の提案をするフロアーである。当時でも日本のデパートの地階は総菜(今のデリ)、
食肉、鮮魚、野菜、果物までなべてフルラインで提供していた。しかし生鮮三品は言うにおよば
ず菓子、加工食品、総菜に至るまでほとんどが委託販売の売場である。百貨店がPBをもつこと
は稀であった。よく売れている商品に狙いを絞って自社工場を持ち一番目立つ場所で販売してい
たのが阪急百貨店の本店であった。しかし所詮はなれ合いの売場で真に美味なものはなかった。
ブルーミングデールの食品売場の実体はどうであるか深くは分からないが、日本と似たようなも
のであろう。日本の経営のお手本は常に欧米にあるのだから。ただ売場のトレンド(新しい流行)
の展示方法、いわゆる、見せ方、切り口は一歩進んでいた。マーチャンダイズについては遜色な
い。ケーキ、パン、アイスクリーム、チョコレートについては原料の乳製品、小麦粉、原料カカ
オの違いから劣る。真似することにかけては素早いうえに上手である。私の当日の日誌に「デリ
カシーズ」は特に刮目すべきものなし、と記されてある。
[私が訪問した翌年にはボンボンショコラのラインを売場に導入し自社ブランドの製造を始めた
と聞く]

「レストランズ」(Restaurants)
レストランそれ自体が顧客を誘引することは何処も同じである。ヘルシー・フードのスナック・
バー「フォーティ・キャロッツ」(Fourty Carrots)、百貨店のレストランとしてはヨーロッパ
調の「グリーンハウス」(Greenhause),特筆すべきは「ジ・エスプレッソ・バー」(The Espresso
Bar)、と「ル・トレン・ブルー」であろう。

<つづく>

参考:マキシン・ブレイディー著「ニューヨークベスト200店」(ツタガワ・アンド・アソシエーツ)

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