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「ヨーロッパの食とギフトを学ぶ研修旅行」(8)

投稿日: 2009年11月22日

「ヨーロッパの食とギフトを学ぶ研修旅行」(8)

1986年3月11日(火)、ルノートルの甥が経営するル・プレ・カタラン(Le Pre Catelan)という二つ星のレストランへ行った。この旅行へ出かける前に、三浦潔(現在のリーガロイヤルホテルの元専務取締役、総料理長)にパリではどこのレストランがいいかと聞いたところここが良いとすすめた。その理由は、ルノートルの甥がやっているのでデザートが良い。菓子屋さんが行くならル・プレ・カタランでしょうと言う。茂木と二人で行くことにして予約を入れた。われわれは日本の菓子屋でヨーロッパの食とギフトを学ぶ研修旅行の一員として今パリに来ていると伝えた。お客の少ない時間を考え、14時に行くことにした。

ル・プレ・カタランはブローニューの森にあった。建物は堂々とした大邸宅(マンション)であった。タクシーを降りたとたんにその構えの壮観さに圧倒された。中に入ると「富永さんですね」、と流ちょうな英語でメートルドテールが迎えてくれた。まずこの暖かい歓迎の第一声が今日の食事が楽しいものになることを予感させた。大理石の暖炉を切ってある“Le Restaurant” に通された。10名ほどの人数でいくと個室に通されてしまうことが多い。Le Restaurant でなければル・プレ・カタランにきた値打ちがない。おまかせの定食(Le Menu d’agrement)を注文した。私は下戸なのでと断ってシェリーを頼んだ。茂木はシャンパンを頼む。

LE MENU D’AGREMENT

Preludes

Foie Gras frais de Canard, Toast en Brioche

Saint Jacques poelees, Fondue d’Echalotes

Sorbet au Marc de Gewurztranminer

Noisettes d’Agneau en Habit de Chou vert

Fromages Frais et affines

Concerto de Desserts

Petit Fours Patissierr

Avec Les Chocolats de Gaston Lenotre:

Café Arabica ou Café decafeine

480 Francs・Taxes comprises・Service 15% en aus

料理はすべて美味であった、とだけ書いておこう。このクラスのレストランで美味しくないものを提供するところはない。美味に感ずるかどうかはその日の体調や食欲と大いに関係する。私が感心したのはフォアグラに敷いてあったブリオーシュであった。その品質の高さと絶妙な焼き加減。さすがはルノートルの甥だと思った。メインディッシュのラムを終えるとすでに満腹に近かった。茂木にチーズを食べるかと聞くと「食べる」という。少しずつ切り分けてもらった。いったん口にいれたチーズを彼は吐きだした。「あかん、これは便所の臭いがする」と大きな声をだす。強く臭うものは慣れるとたまらなく好きになり、病みつきになるものだよ、といってその場をとり繕った。

さて待望のデザートはと思っていると大皿に6種類のディセールが隣のテーブルいっぱいに並べられた。菓子屋が来るといって自慢のデザートを用意してくれたのであった。シェフのガストン・ルノートルがわざわざ厨房から出てきて挨拶した。一見の客に挨拶とは恐縮だというと、いや、菓子の仲間ではないか、ル・プレ・カタランを選んで来てくれたことを光栄に思っていると礼をいう。こんなに食べきれないというと、まだ時間は十分にある、少しずつ食べて感想を聞かせてほしいといって中へもどった。

時間があるといってもとても、食べきれるものではない。一切れずつ食べ、ホテルには菓子屋の仲間が15名もいるから持ち帰りたいといってパックしてもらった。
帰りぎわに全館を案内してもらった。

Le Restaurant 88 square meters

Salon Orangerie 57 square meters

Salon d’Honneur Alle Orsay 158 square meters

Salon d’Honneur Aile Empire 158 square meters

Salon Lenotre 60 square meters

Salon Marie-Antoinette 32 square meters

Salon Empire 118 square meters

Salon Versalles 74 square meters

Salon Medicis 18 square meters (中庭に拡張できる)

Salon Eugenie 19 square meters (中庭に拡張できる)

大きな中庭には有蓋の野外建物に10人掛けの円卓が10卓並んでいる。テラスを出た中庭に布製の屋根があって野外パーティーのときにビュッフェが提供できるよう設備がある。庭のあちこちに4人がけのテーブルが用意されている。この中庭ではフランス革命以前から何世紀にもわたって野外パーティー、夏と冬にはサーカス、野外舞踏会が催されていた由緒あるものであった。

Le Pre Catelan の立派な冊子をもらった。Our Guestの最初が Salvador Dali のサイン、つづいて写真とともに若き日の Nicholas Sarkozy に始まって、ジスカール・デスタン夫妻、エジプトの Moubarak 首相、Jacques Chirac、デンマーク女王、同王女、グレース・ケリーモナコ妃殿下、その王女カロリーヌ、ソフィア・ローレン、フリオ・イグレシャス、ビョルン・ボルグ、各国大使、領事と錚錚たる名前をつらねたゲストブックである。しかしそこに働く人々は、微塵の驕りもなく、分け隔てないサービスをする姿に私は感動すら覚えた。

なかでもオーナーシェフのガストン・ルノートルが菓子屋仲間の意識からわれわれに対して敬意をはらって挨拶したことは感激であった。これら数々の話題とデザートをどっさり持ってホテルに引きあげた。すでに第5回目の勉強会は始まっていたが、デザートとチーズの入ったパッケージをみなに回した。

夜の食事会はパスさせてもらって勉強会が終わると同時にパリオペラ座へ急行した。パリに到着したときからオペラ座にかかっている歌劇「カルメン」を見たかった。聞いてみるとチケットは早くからソールドアウトになっていて、とうてい入手は不可能とアメックスのパリ支店の担当者はいう。そこで「椿姫」のチケットをパリオペラ座まえで、”I want a ticket. I’m from Japan” と書いた紙をかかげてオペラ座まえの階段に立った。20名以上の人が同じように立っていた。

60歳をすぎた上品な婦人が私に近づいた。そして、なんと私に今夜は急用ができたからあなたにこのチケットを買ってほしいと言うではないか。いくらかと問うとハンドバッグから券をだし、額面の500フランで良いという。たちまち周囲は黒山の人だかりである。なぜ彼に売るのだ。彼はいま来たところだ。もっと高く買うよ。ちょっとした騒ぎだ。しかし婦人はこの人は日本から来ているのだ。遠くから来ている人に買ってもらう、と毅然とした態度でいって、500フランを手にするとさっさと人垣をわけて消えた。ほんとうにラッキーだった。ひとりで興奮していた。

中に入ってもう一度吃驚した。席は最前列のど真ん中ではないか。彼女もオペキチに違いない。今夜はどんな急用ができたのだろうか。さぞ残念に思っているだろう。こんな1等席を手に入れることはよほど運がよくなければむつかしい。6ヶ月前に売り出しと同時にソールドアウトになった貴重な券である。知人にもあげないで売りに来た婦人の胸の内をあれこれ考えた。だれもあげる人がない孤独なひとかな。そんなことを考えるうちに幕があいた。それから至福の一夜を過ごした。なんと運の良いことか。

<つづく>

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